わたしは子供の頃、蛇が塒(とぐろ)を巻まいているところを誤って踏みつけたことがありました。塒(とぐろ)を巻くというのは、蛇が渦巻きのようになっている状態をいいます。しんしんとセミの声だけが、辺りを領している暑い夏の昼下がりのことでした。
その時、わたしは釣りに夢中で、釣り糸の動きだけを見ながら川下から川上へと少しずつ、ゆっくりと移動しているところでした。川岸は平ではあるものの夏草が少年のわたしふくらはぎ程度まで生い茂っていました。
■ 野糞を踏みつける?
半ズボンのわたしは、次の瞬間、「ムニュ」とした気味の悪い感覚を足裏に感じると同時に、親指が何かに掴まれた感覚がありました。ぎょっとしてとっさに足を引きました。わたしはこの時、野糞(のぐそ)を踏んづけたと悟りました。
『しまった。うんこを踏んづけた』
という失態の思いが頭を駆け巡りました。
当時は、野において人糞を見かけることは稀ではありませんでした。農村などでは、自宅から離れた田畑において作業中は、よく行われた行為でしたから。
■ 蛇を踏んづける
しかし、わたしの足にはそれらしいものも付いてはおらず、かつ、悪臭もしません。そして、踏んづけたであろう場所を見ますと、複数の蛇が塒(とぐろ)を巻いているではありませんか。
わたしが、足の親指を掴まれたと思ったのは、実は蛇にかまれたものと、その時理解しました。もし、マムシであったなら、そこでわたしは息絶えることになったでしょう。
幸いにもマムシではありませんでした。わたしは、父がマムシを捕っては御者に売るところを見知っており、見分けがついたのです。
■ 蛇は逃げ出さず
わたしが踏んづけたにも関わらず、逃げ出そうともしません。わたしはすっかり、釣りを続ける気持ちが萎えてしまって、急いでその場を離れたものです。今から思うと、蛇は交尾中だったようです。
蛇には取り込み中に、踏みつけられるとは非常に迷惑な話だったと思います。わたしにすれば、何で通り道なんだと言いたくもある出来事でした。