お見合いをしたことがありますか?
わたしは結婚するまで、紹介で32回お見合いをしました。が、結局誰とも結ばれることなく終わりました。良いなと思う人がいなかった訳ではありません。
こちらが良いと思っても向こうが嫌だとか、その反対であったり、双方が譲り合ったりした結果によるものです。
■ 看護婦さん
初めてにお見合いをしたお相手は看護婦さん(現在は看護師さん)は全体としてはかなり鮮明に覚えています。歳は二十歳台後半であり、わたしとより一つか二つ年上だったと記憶しています。しかし、紹介者が誰だったか記憶がほぼ完全に欠落しています。
■ 場所
彼女は、紹介者の男性と同行で現れました。一目みて、特別に顔の造作の良し悪しが目立つ人ではないなと思ったと思う。双方の紹介を簡単にして紹介者は、わたしと彼女の顔を交互に見ては、終始ニコニコ顔でありました。
暫くして、
『それでは、後はよろしく。じゃあ、また』
と言って、意味ありげな笑みを浮かべて、勘定書きを持って去って行くのを、二人で見送る。レジを終えた彼は、わたしたちの方向を見て、小さく手を挙げました。わたし達は、軽い会釈を返しました。彼を見送りました。
■ 会話
当たり障りのない仕事の雑談のあと、
『お酒は飲める方なんでしょう』
と問うた。
『ええ、少しは』
と定番だかどうかは知れないが、このようなやり取りをして、本日は飲んで食べるのは、どこが良かろうかと考えを巡らせていました。女性が「少しは」といえば、恐らくは相当行ける口なのに違いない。その結果、わたしは赤い顔でへろへろ、彼女は青い顔をして素面(しらふ)みたいだったら、
『それは、やだなあ』と思いながら。
■ 有名な串カツ店
有名な串カツ店を知人から紹介を受けていましたので、実を言えば考える程でもなかったのです。そこへは、歩けば十数分で到着出来る距離でした。
到着して、コース物を頼み、最初はビール。次に冷酒とわたしの悪いパターンへと進んでいくのに、自分を制し切れません。しかし、初対面で飲みすぎはいけない。
『素面(しらふ)とまではいかないまでも、しっかりしていよう』
とは思うものの、酔った方がわたしは饒舌になるし、彼女もそうであるかも知れない。
ところが、冷酒は口当たりが良く
「親の言いつけと冷酒は後で利く」
のことわざ通りの結果になったのです。
■ 酒を飲むと双方が
アルコールが入り、互いの身の上など話したと思うのですが、思い出そうとすると、そこだけが霧がかかったように不鮮明です。あれから相当の年月が経ったからではなく、その日のうちにそうなったのです。
『さあ、次に行きましょう』
『いいですけど、大丈夫ですか』
『お金はあります』
『そうではなくて、、、』
『大丈夫。だいじょうぶー。ヒック』
てな具合で、少しも良くはなかった。どこか夜風に当たった方が良いとは思うのですが。
■ 次の酒屋で
次に行ったのは、全くの初めての民芸調の店の造りの居酒屋。もうそろそろ限界ではあるのですが、お調子者である悲しさ、
『ここ、ここにしましょう。』
縄の暖簾(のれん)をくぐる。
『へい、いらしゃい』
『空いてる?』
『カウンターならあいてま』
彼女を先に座らせる。横に掛ける。
それぞれに、飲み物を注文して、わたしは
『ちょっと、録音へ(おといれ)なんちゃって』
と言っても受けもせず。
「もう、今日はうまくいくとはおもえんわい」
と心に失敗の予感がした瞬間でした。
トイレへ行くのに、店内から出る時はそれで、なんなく出られたのです。
■ 戸が開かない
わたしは、その頃になって、冷酒が利き始めて頭は混乱し始めていました。トイレから席に戻ろうとして重そうな戸を、何故だか開き戸(ドア)と思い込んでいました。
何故?
■ 引き戸と開き戸を間違える
戸が開かないと焦って、ぐいぐいと押しました。
するとどうでしょう。ガタンと音がして、戸が、店内の方向にスローモーションのように倒れていきます。その様子をわたしは、視界が狭まっていく思いをしながら、唖然として見つめるばかりです。
倒れた戸はカウンター席に腰かけた三人の男性の頭の後頭部に等しく直撃をして、止まりました。
『ちょっと、あんた何しますねん』
店主らしい男性がカウンターから出てきて、戸を引き起こす。わたしに痛いほどの視線が集まるのを感じて、彼女を見ると、真っ赤になってうつむいたまま。
■ ほうほうの手で
被害の客や店主に丁重に詫びて、ほうほうの手でわたし達は店を出ました。
彼女は何も言いませんでした。
ただ、その後は全く覚えていません。彼女とどのようにして、散会したのか、どんな風にわたしは彼女に詫びたのか、駅まで送って行ったのか、覚えていない、、、
後日、紹介者から、今回のお見合いが不成功であったとだけ告げられた。
しくじってばかり。