妻と子がマガモつがいを水路で見つけたのは、五月中旬頃のことで、当初は珍し気に日に数度見に行ったりすることもありました。しかし、人馴れしているのか、太々(ふてぶて)しいのかは分からないけれども、逃げようとも、ことさらに警戒する様子もありません。
殆ど人間を警戒しないのは、危害が及ばないことを理解しているかららしい。かなりの人通りのある水路脇の小道から、マガモにちょっかいを出すことを誰もしないからであろうから結構なことではある。
マガモも人が近づいて覗き込まれて、迷惑気にはするが、だからといって、騒いだりもしないし、平然とやり過ごしているのを見ると、それはそれで少し忌々しい気もしないではない。
■ 久しぶりに
近頃では、見に行く間隔も長くなり回数も日に一回限りと減少して、興味はかなり薄れてきました。というのも、マガモの動きに格別の変化はなく、寝ているか水草を軽く啄んでいるくらいの違いしかありません。
それでも、暇な時間にはどうして過ごしているのか気になります。
それで、昨日昼食後に久しぶり様子を見に出かけました。歩いても数分で着けるマガモのつがいの常駐する水路の擁壁の上には姿が見えません。あたりを見渡す傍の田の中に、何やら羽音がしました。
驚いて、そこに視線を向けますと、つがいが田の脇に立っており、雌は盛んに羽繕いをしていますが、雄は羽の下に顔を差し込んで立ったまま寝ていました。このつがいは、雌の方が断然活発であるようです。
また、マガモの雌は薄茶のまだらの羽をしており、田の土にその姿は溶け込んで、動くことが無ければ、気が付かないかも知れないと思った。
■ 水路掃除の老人
わたしがマガモの傍に立っているのを、まるで気にせずにいるのを呆れて見てから、帰りかけると水路の中に老人がいるのを見つけました。老人は水路の掃除をしている様子で、腰をかがめてしきりに手を気忙しく動かしています。
『この田の少し行ったところに、マガモがいますね』
と声を掛けたわたしを老人は眩しそうにわたしを見上げて
『ああ、知ってます。毎年来るんですよ。今の時期には。田ごしらえが今年は遅くなって、あいつ等は、あそこに居て早く田ごしらえをせよと、わたしを急かしているんですわ』
といって、快活に笑いました。
どうやら、この広い田は老人の所有だったようでした。その笑いにわたしも巻き込まれて、
『あはは、毎年きているんですか。知らなかったし、見かけませんでしたが』
と言うと、
『今年は、田ごしらえが遅れて居ましてね。それで、仕方ないからあそこで待っているんです』
『そうでしたか。あはは』
わたしは、老人に会釈してその場を離れました。老人が、マガモを追いやるでもなく、ごく普通に接していることがマガモをあのように人間慣れしているのだと合点して、何だか少しうれしかった。