建築インテリアデザイナーを目指していたわたしは、求人がなく仕事の内容が近い建築設計の仕事を新聞の求人広告から見つけ、応募し、採用されました。凡そ四十年以前の話ではありますが。
面接の翌日から働くこととしたのは、殆ど定職がそれまでなく、収入にも切羽詰まったものがあったからでした。
始めて出社し、社員にも社長から紹介されあと、わたしのために設けられた席につきました。面接では、建築設計の仕事と聞かされていたのに、それらしい製図板や製図機が見当たらないことに、急に不安が過りました。それは、
『本当に、建築設計の仕事なのだろうか?』
でした。
■ わたしの席
わたしの席は、歳の頃四十前後の太った男性の横で、男性が
『君にはこれをお願いする。試しにこの間取りを書いてみてくれ』
といって差し出したのは、厚手の方眼紙と15センチ目盛のある三角定規二つ、それに鉛筆と消しゴムのみでした。
『あのう、建築の設計というのは、これですか?』
わたしの不安は最高潮に達しており、もし相手がそれに相槌を打つことがあるなら、その場で即座に会社を辞めてしまいたいと思いました。
果たして、その男性社員は
『まあ、そう。これで、間取りを書いて貰う仕事になるかな。色々な敷地に合う間取りを考えるのは、難しいよ。頑張って』
わたしの頭から血の気が失せる気がしました。仮に設計の仕事が、間取りを考えるということであったとしても、方眼紙に三角定規で描くとは。まったくの想定外であったのです。それは設計の仕事というには、余りに粗雑すぎる気がしました。
■ 決心
わたしは、その日幾つかの間取りを不器用に描いた。
しかし、心はもう決心がついていました。これは何が何でもわたしの希望とはかけ離れている。この仕事は今日限りにしたい。
■ 一日目が終わる
一日目は五時の定時に終了しました。
『疲れたろう。飲みに行こう』
となりの席の男性社員が言いました。
『いやあ、僕はいいです』
一刻も早く帰りたかった。疲れがどっと出て、フラフラでした。
すると、男性はわたしの顔をマジマジとみて、
『まあ、そう言いいなさんな。明日から頑張ってもらわにゃならんのだし』
『はあ、ちょっと今日は疲れてしまったので、帰ります』
『一杯だけ付き合って帰ればいいだろう』
有無を言わせない言葉に、その場で退職を言い出すことは出来ませんでした。
それを言い出せば恐らく、男性はわたしを唯では許してくれそうにもありませんでした。すると、強い語気が迫力となりまるで彼が熊のように見えて来ました。最早この機に至り、進退は極まっているのをわたしは悟りました。
■ あくる日
あくる日、わたしは出社しなかったばかりか会社にも電話をしなかった。殆ど社会人としてのあるべき行動をとらなかった。
わたしはふて寝して、会社に出かけなければならない時間を思い、出社して席についている時間が来るのを布団の中で、どうにでも成れと言う気持ちで、見送った。会社から怒鳴り声の電話がかかり、わたしは
『辞めます』
と、相手の言い分など全く聞かないまま、受話器を置いた。