聖護院 京極のブログ

天と地の間に新しいことなし(ことわざ)・・・人間の行動は今も昔も変わってはいない

定年後の田舎暮らしはやめた方がいい

 

画像出典:オールアバウト


わたしは生まれも育ちも京都の郡部、それはそれは閉ざされた片田舎でした。わたしの子供の頃は戸数50戸は有ったと記憶しています。同級生も野球チームが出来る位に男子はおりましたし、女子も3人位いた。

 

その中でわたしの家は、貧乏の極みで「赤貧洗うが如し」と言って良かった。人は貧乏人には冷たいものです。いわれのない誹りや噂を誰となくが流し、それに尾ひれを付けて拡散する。人の集まりではそれが公然と冷笑に変る。

 

わたしは別に被害妄想からそう言っているのではありません。戸数が少ない社会では、常に人の行動が気になるもので、余程暇と思える人物が監視役の様に村人の動向をみております。そして、面白おかしく話すことが言われの無い推測や誹りを生み出すのでした。

 

■ 都会帰りの村人

同じ村で育ち都会に出ていたが、田舎に戻った人であっても物珍しさから、噂に上ることもしばしばです。

「都会では、そういう事はせんそうや(しないようだ)。」

「ふーん。それもいいか加減な話や(つまらない話)」

などと、生活習慣であっても、わたし達の村の習慣と違っていると途端に話題となり、批判され嘲弄されるのです。

 

■ 始めて都会から来た人

定年になって空気のいい田舎に住みたい、とか、人ごみの息切れのするような生活に飽きたなど色々な理由はあるでしょうが、一定の人が田舎に新しい生活を求めてやって来ます。

 

こうした人を田舎の人は気持ちよく迎えてくれます。しかし、それは一時期でしかありません。やって来た人をあくまでビジター(一時的な訪問者)として見ているに過ぎません。そう長くない内に再び都会に戻って行くに違いない、という読みがあるからです。

従って、村に特有の行事や村用(むらよう)と言ったものの参加は強制されません。誘いは有っても精々見学くらいで終わります。

 

しかし、本格的にそこに根差して暮らしてゆくには、村の人々の会話やそういった半強制的な行事に参加しなければなりません。村には共有の財産が存在し、それらを管理運営する必要があります。それへの参加を怠ると陰口が行き交います。老後である事を考慮しても出来ることはやる必要があります。すべてをお金で代理は出来ません。

 

■ 不便な暮らし

買い物にも医療にも役所や学校への通学にも相当な不便が伴います。定年後でしたら、持病があったとしたら車で通院する以外に殆ど手立てがありません。買い物も宅配のようなものも存在しますが、品種は多くありませんし、ジャストインタイムという訳にも行きません。

 

老後に夫婦のいずれかが病気や怪我、或いは死別してしまうと、途端に生活の困難をきたします。都会ならタクシーや救急車、介護施設なども簡単に呼んだり入居できますが、住んでいる村に無ければそう簡単ではありませんし、えり好みも出来ません。

 

■ 結局老後は都会に住むのが一番

結局、孤独であろうとも都会の方が老後には適しています。孤独は歳をとれば取るほどに深く寂しくなっていくもので、住む場所に左右されるものではありません。何もかもがある都会は、利便性に優れ、生活費も安く付き合いが無くても暮らせます。

 

それでも、空気の良い田舎が良いでしょうか?

 

 

 

会社は出来る人出来ない人で出来ている

 

 

画像出典:朝日新聞デジタル


会社に勤めると、良く出来る人とそうでもない、或いは殆ど厄介者といわれるような差が自然と出てくる。内勤の人でも、或いは営業職でもよくある。

事務職なら、書類を捌くのに出来る人が出来ない人の分もこなさなければならないから不満が出てくる。あいつのせいで、こっちは大変なのだ、と思う。

良く出来る人が出来ない人に対して不満を持つのは当然である。自分の方が良く仕事をこなしているのに、給料に差がないではないか。

 

で、不満なら転職するしかない。が、どの転職先にも同じような人がいるものである。

 

つまり会社とは、色々な人の能力の差があってもそれを平均して業績を上げるところなのである。出来る人が出来ない人をカバーして一つの会社としての成果を上げる組織なのだ。それを辛抱強くいられるか、それとも自分で事業を起こすかしかない。

 

■ 事業を起こす

事業を自分で起こす。そのような事が出来るのは、相当目利きで交友にそのような経験を持つ人がいるような場合で、殆どがそれはない。大抵が、前職と内容の変わらない自営業となる。

それで、前職よりずっと収入が増えれば良いが、なかなかそうはいかない。保険、税金、帳簿付け、申告などサラリーマンであった頃とは違い、すべてを自分が行わねばならない。

 

かつて、営業職の人が、

『独立しても、やっていける』

と言って自営業となったことがあった。けれど、数年でまた同じような職業の会社に入った。

会社の看板を背負ってこそ出来る営業を自分の実力と勘違いしていたようである。会社を離れたらこれまで気持ちよく接してくれた人もそうでも無くなってくることで判る。

サラリーマンはつまらん、と思っている人は、そうではない人からはそりゃあ気楽が家業だと言えるだろう。

新型コロナウイルス感染症とインフルエンザが同時流行しているかを検証(東大)

画像出典:矢板市役所

 

ウィルスの世界にも、自分たちの勢力拡大のための争いはある筈です。

それは、例えば新型コロナウィルスとインフルエンザウィルスとの同時流行であっても、何れかが優勢で次第に一方が勢力を拡大して他方を蹂躙・淘汰してしまうことは、有り得ることでしょう。

 

今般、東京大学がその検証を行いました。

それが次のような「発表のポイント」である要旨です。

 

新型コロナウイルス感染症とインフルエンザが同時流行しているかを検証

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行とインフルエンザの流行の関係を調べるために、世界各地域を代表する22ヶ国について、2019年から2022年までのCOVID-19およびインフルエンザの陽性例数を比較した。
  • COVID-19とインフルエンザは、同じ地域において同じ時期に同じ規模では流行していないことが明らかになった。

www.ims.u-tokyo.ac.jp

結論としては、一つの地域において同時期に同じ規模の流行はしていないことが明らかになったとのことです。予想はついていました。

 

テレビニュースに笑を?

 

画像出典:123RF


夕方のテレビを見ていますと、その日の出来事の内でも人を刺したとか殺したなどの物騒なものも少なくありません。

それらの放送での報道では、加害者の被害者への刃傷沙汰(にんじょうざた)の簡単な顛末を報ずる。その時の様子とはざっと次のようなものです。

 

「殺人容疑の○〇歳の加害者の○〇は、警察の調べに

『カッとなってやった。殺すつもりはなかった』

と容疑の一部を否認しているということです」

 

などといったもので、『』の部分をなぜか同じアナウンサーなのに、声色を変えていうのがわたしには可笑しい。

 

『えへへそこは、声色を変える必要はないやろ』

と思わず一人ごちると、そばの家族が

 

『ええやん。分かりやすいし、やらせといたらええやろ』

とツッコミを入れる。

ま、どちらでもいいのだが、ただわたしには違和感がある。

和服の左前は何故ダメなのか

 

画像出典:京都きものレンタル


引き違い戸の前に立つとき、右手方向にある戸は常に手前側にあります。また、和服を着た人の正面に立った時も和服の重ねは向かって右側が手前(上に)に来るように着ます。

 

これは日本でのしきたりであり、常識です。

 

逆にする時は、死んだ人が死に装束を着る時です。向かって左側が手前(上に)に来るように着ます。

 

■ 左前(ひだりまえ)

これを左前(ひだりまえ)と呼び、不吉な着かたとなります。

例えば、

『あの店は左前になった』

と言えば、倒産したという例えです。

 

■ 左前に着ている人

ついこの間、ネットで外国の古い映画のさわりの部分を見ることがありました。題名は失念したのですが、そこに出てくる空手の日本人たちが揃いも揃って左前の胴着を着てていたのには失笑しました。

また、わたしの若い頃の話ですが、結婚した女性が里帰りをした時も同じように左前でした。女性の洋服が左前となる様に作られているからでしょう。最近は、女性の洋服では左右まちまちですが、和服は少なくとも左前に着ないように。

フランスで行われた昨年のジャパンデーでも、コスプレの若い女性が同じ着方をしていました。日本のインタビュアーもそれをインタビュー外で教えてあげたかどうかは不明ですが。ちゃんと指摘してあげて欲しいですね。

 

 

男の目と女の目

 

画像出典:123RF


車で家族で出かける時、運転席の横には娘(27歳)、その後部座席に妻が乗ります。わたしは歩いている女性を見ると、後ろ姿は凄くいいけど、どんな顔つきなのかなとかスカートを履いた女性は良いななどと思う程度です。もし綺麗な人だったら、話してみたいとも思います。が、叶うことは無いのでその場限りのはかない思いですぐ忘れます。

 

一方、娘や妻は歩いている時の女性のファッションに特にきびしい。

『あの女の人、あの上にあの下は無いわー』

とか、

『あれは、ちょっとおかしい』

などと、吟味しその評は辛辣です。

『おかしかったら笑えば』

とわたしは、知らない女性でも庇うのに二人の辛辣な言葉はわたしにも向けられて、以後黙っています。歩いている女性にすれば、

『ほっといて』

であろうかと思います。この世には何でもありです。人に迷惑さえ及ばないなら、多少の風変わりなファッションでもわたしは、文句なく認めます。

もっとも娘や妻が、待ちゆくいい男にどう思っているのかは不明です。

 

■ 渋滞した車の横を歩く時

話は変わりますが、渋滞した車の進行方向とは逆に、すぐ横の歩道を一人で歩く時、ちょっと嫌な気になりませんか。晴れがましいと思う人もいるでしょうが。渋滞しているので、運転者も同乗者も暇で、ジロジロみられる気がして厭なのです。

しかし、わたしが運転者であってもやっぱりジロジロ見てしまうので、あいこでしょうか。わたしがそういう風に見るのは若い女性だけですが。

もっとも最近は、スマホをいじっている人が増えて来てもいるし、わたしもそのような場面で歩くことも稀なのですが。

怒ることが少なくなった

画像出典:国民共

複数人で暮らす時には、長く一緒に暮らしていても、自分の思いと違う主張や行動或いは言動が出ると、苛立ちと同時に同じ程度の怒りもこみ上げて来るものです。

それが、長年連れ添って来た妻であっても同じです。

そういう時、あなたはどうして居ますか。

 

相手の言い分を無視したり、怒って反論したり不合理を指摘したりしますか?

わたしは、妻の言い分に理があっても、或いは、間違っていても自分の理の正しさを押し通そうと、理詰めに詰め寄ったりしてきました。そして、大抵を押し通してきました。

 

無口で理詰めなどの口論には弱い妻は、不承不承(ふしょうぶしょう)ながら、最後は黙り込んでしまうのが結末でした。

だからといって、わたしの心が晴々とすることは一度もありませんでした。何より、わたしは、一番大切であろう相手の思いを汲むことを少しもしなかったからです。相手を斟酌しない勝利などつまらないものです。

 

最近は、わたしは妻に目に余るほどの言い分でない限り反論しません。わたしは、妻の言い分をもっともだとは思えなくても、腹が立たなくなりました。言いたいことは言いたのだから、それを受け入れてもいいと思えるのです。主張には理由があるのだから、それを汲めばよいだろう、と自分に言えるのです。

本当に何故か自分でもおかしなことに腹が立ちません。

妻も張り合いが無いのか、余り訳の分からない主張をしなくなりました。

わたしが丸くなったのでしょうか。

 

来年に寄せて

画像出典:WIRED

 

先行きが見通せない時代だとか、世界や日本の将来に漠然とした不安を感じることは、いつの時代にも、いつの年にも人々の心にありました。将来が見通せるような人は、実際のところ世界中のどこにも存在しない。

 

時代は、いつもなる様にしかならないものであり、なる様になって来た。

悲観することなく、また楽観もせず自分の思うところを夢中で進んで行って、ああでもないこうでもないと試行錯誤の努力を繰り返しているうちに、気が付けばいい歳になっていた。

 

それでいいじゃないか。

それが今年であり、来年であり将来であっていい。

良いお年を。

 

 

ネットフリマでモノが急に売れなくなった

 

画像出典:今時ネットショップ


ネットフリマに出品しています。

転売は一度もありません。転売は、違法であるとある弁護士がネットで警告していますし、今後もそのような事はやりません。それに、転売も面倒でもあるし。

それで純粋に「断捨離」ですが、出品したものがフリマで右から左に売れることも稀です。そこで、その品物を部屋に置いて、いつ何時でも売れると持ち出せるようにしておく必要があるのです。

 

今年に夏以降は、急激に売れなくなりました。物価が上がって日本人の生活に余裕がなくなったのでしょう。最近は、わたしのような不用品の出品では月に一つか二つ売れたら良い方です。

 

何だか一向に不用品が無くなりそうにありません。却って部屋にゴミが溜まっていくような気がします。片付けのつもりが返って増えてしまう。多くの人が同じ思いの様ですね。

 

「断捨離」とは、不要な物を「断ち」「捨て」、物への執着から「離れる」ことにより、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を開放し、身軽で快適な生活と人生を手に入れようとする思想である。ヨーガの行法が元になっているため、単なる片付けとは異なるものとされている。 (Wikipedia

 

勿体ないと思いフリマに出して、それがかえって捨てられなくなっている、本末転倒の木がして、どこかで思い切って捨てることが必要なのでしょうが、それがまた出来ない。色々な思い出が詰まって居たり、無いお金を工面して買ったりしたものであると余計に。

 

本当の意味での「断捨離」は永遠に出来そうにありません。

貧乏が染みついた人生

画像出典:二字熟語辞典

わたしの子供の頃の家庭は貧乏に箔が付く程でありました。

父も母も体が弱く月の殆どがあまり稼げなかったからです。当然、わたし達兄弟は欲しい物があっても残念するのは致し方のないことでした。服は親戚の同年代の古着でしたし、教科書も古でした。今の様に無料配布の時代ではなかったのです。鉛筆一本でさえ、買ってくれと言い出しにくかった。

 

しかし、晴れ着やお出かけの洋服が欲しいとは思いませんでした。何故なら、それを着る機会が皆無だったからです。出かける先がなかったのかいえば、無くはなかったが遠くそこまでの足の手段もお金もなかったから。

 

ただ、お下がりの服を親戚や長兄から回って来て着る事には、子供なりの誇りを傷つけられる思いはありました。特にわたしは小柄で、見た目にも古着を感じさせないけれども、袖や丈が長すぎたりするのを、半ば強引に押し付けられると泣きたくなったものでした。新しいものを買って貰えなくてもわたしの体に合ったお下がりが欲しい。しかし果たされることの無い思いでした。

 

■ 今日のわたし

だから、今日のようないい歳のオッサンになっても、値段の張る高級なものを買えるとしてもそれを買うのが怖くてならないのです。わたしがそれを持つのは、不釣り合いだとどうしても思ってしまう。何か落ち着かない。それは、少し高い目の衣類でもその他のものでもです。

どこかの中古や安いもので充分ではないか?ともう一人のわたしがささやくのです。これは、きっと貧乏が染みついた結果だと思う。

 

チャップリンの映画で、チャップリンが出世してお金持ちになっても、盛られている食べ物を歩きながらちょいと失敬する。お金を出せばちゃんと買えるのに。貧乏な頃の生活が染みついているのです。多分、今のわたしは、お金持ちではないけどこの映画の主人公のようなのでしょうね。

 

今の車も来年で20年になります。買った時から中古でした。しかし、わたしはそれが自分にまさしくお似合いだと思ってしまう。そして、今度買うとしても中古車にしよう。