聖護院 京極のブログ

天と地の間に新しいことなし(ことわざ)・・・人間の行動は今も昔も変わってはいない

パンのみに生きるに非ず

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画像出典:食パン工房

 

「人はパンのみに生きるにあらず」とは、聖書(『新約聖書』マタイ伝・第四章)に出てくるイエス・キリストの言葉で「人間が生きていくためには、物質的満足だけでなく精神的満足・充実も大切である」という意味だそうです。

 

■ パンの日

わたしの住まいの周りには多くのスーパーがあって、パンが安い日が持ち回りのようにあります。

先日、買い物に出た時、ある成年女性の親子が

『次は、○〇に行こ。パンの日、パンが安い』

と申しておりました。

 

従って、その親子のそこでの買い物にはパンは含まれておらず、一方わたし達の買い物籠を覗き込みますと、少し高い目の六つ切り入りのパンのパックが2つ。互いに顔を見合わせます。と妻が

『今日は、○〇でパンが安いのかー』

といい、わたしにそこへ行かないかと言いたそうでした。

○〇というスーパーは、車で今いるスーパーから5分と少しの距離にあります。行ってもいいのですが、、、でも少し面倒臭い。

 

■ 安いと言っても

パンが安いと言っても、刮目する程の差がある訳ではないのです。精々150円から多くて200円の違いでしょうか。確かに、150円とか200円は「チリも積もれば山となる」かも知れませんが、実際問題この金額は最大幅であって、必ずしも〇〇スーパーのパンの価格がそこにまで到達した値段であるかは怪しい。

 

■ 無類のパン好き

妻と子は、無類のパン好きです。わたしも、それに最近は感化されてはいますが、妻や子ほどではありません。

 

妻は、どこそこのパン屋さんは美味しいという情報を実姉や友人、テレビ、地域新聞などで想像以上に仕入れており、その情報量は侮れません。確かに、外出の折に寄り道までして買って来たパンは美味しいものが多い。

「好きこそものの上手なれ」とはこのことでしょうか。

 

■ パンが安い○〇スーパー

しかし、結局わたしたちは、パンの安い○〇スーパーへは行きませんでした。長い買い物に付き合いくたびれていたからです。

『人は、パンのみに生きるに非ず』

とわたしが言いますと妻は怪訝な顔をして

『何それ?』

と憮然とした表情。ここにツッコミが欲しかったのですが。

新聞の購読中止

 

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画像出典:NHK

 

わたしの住まいの周りには、多くのスーパーがひしめくように存在していて、すべての店舗が何かしらの特売日を設けています。

 

■ チラシ

2年程前に新聞の購読を辞めました。理由は、殆ど見ないからです。新聞記事もネットの記事の真新しさには遠く及ばず、古い情報程意味のないものもありませんから。もし、地元京都とその周辺限定の詳しい情報の新聞があれば考えてもいいのですが。

 

ただ、それでもそれまでとっていたのは、妻が新聞に入るチラシを見ているからだけの事でした。

 

妻も、新聞記事を殆ど読みませんでした。ただ、テレビ番組と地元である京都の記事だけは目を通していたようです。新聞に入るチラシには、不動産、習い事、祭儀、衣装、買い物など様々な業種に渡ります。

 

中でも妻が見るのは、その日に入るスーパーの安売りの情報で、テレビ番組表を見た後は、この情報のチラシに黒マジックペンを持って、

『これはここが15円安い』

とか

『これは安売りとしているけど、あそこのスーパーは普通にその値段で売ってる』

などと、ブツブツ言いながら、これぞ購入すべしというものに印をつけています。

 

■ 新聞購読中止後

しかし、世知辛いご時世でもあり、我が家の財政もひっ迫しており、いろいろな支払項目を検討し、統廃合を行うこととした結果、新聞は購読中止となったのです。

 

その後は、パソコンでのチラシで特売店や特売品を見ることとなりました。最初は小言が絶えない妻でしたが、今ではごく普通に見ております。

余りの熱心さに驚いて開いているパソコンを覗いて見たら、パイ取りゲームに嵌まっているところでした。

 

■ メニューありきではない買い物

我家はこのように、特売品と欠品となっているものを買うので、メニューを決めて買い物をする訳ではありません。特売品を前にどんな献立をするのかは、本人ですら分からないのです。

ですから、

『今夜は何を作るの?』

と聞いても無駄なのです。

男色(だんしょく)について

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画像出典:Amazon

 

男色(だんしょく又はなんしょく)は男性の同性愛者の事です。が、幸いと言うべきでしょう、わたしは該当しません。しかし、有名作家がある特殊な環境にあった時、一度その可能性を試みても良いような事があったとそのエッセイで告白しています。

 

しかし、わたしはそのような窮地に陥ってその可能性を感じるというよう経験はありませんし、どんなに女っぽい男性であってもその気にはなりません。女性の方がいい。

 

■ 男色は文化

百科事典マイペディアに依りますと、

男子の同性愛。〈だんしょく〉ともいい,衆道(しゅどう),若道(にゃくどう),野道とも。日本では仏教渡来以後女犯を禁じられた僧院で始まったらしく,室町以後稚児(ちご)(喝食(かつしき))を愛する風が盛んとなり,戦国以降は尚武の気風から少年武士が男色の対象となった。江戸前期にも男色は流行し,若衆(わかしゅ)歌舞伎の発展に伴って陰間(かげま)も現れた。男色・鶏姦(けいかん)を意味するpederastyはギリシア語に起源するが,西洋でもソクラテスとアルキビアデスの関係や,カエサル,ネロらは常習者だったといわれ,ベルレーヌとランボーの間もよく知られる。

とあります。有名なところでは、信長や家康や芭蕉と言ったところでしょうか。正確には分かりませんが。

まあ、公然と行われていたようで、今よりずっと江戸時代やその前の時代には奔放だったようです。

 

■ 良さは理解しがたい

男が男を好きになることはあります。いわゆる男気(おとこぎ)に惚れる場合です。しかし、これは性的対称としたものではありません。従って、わたしは理解できないのです。

 

■ 友人の告白

わたしとある友人が大阪の南のバーで飲んでおりました。今から30年くらい前であったでしょうか。友人は、カウンターの中に美女を見つけてしきりに口説きますが、相手に軽くあしらわれてしました。

その内に酔いも回り、帰りの電車の時間も残されていないので、わたしは切り上げたくなりました。

 

『そろそろ、かえろか?』

と切り出しました。友人は、陽に焼け更にアルコールで赤くして赤銅色の顔を上げて、充血した目で恨めしそうにわたしを見ました。

『うん。けどなあ』

友人は、飲み足りないというそぶりでしたが、普段よりそれ程アルコールに強くありません。彼の目論見は勿論、カウンターの中の美女にありました。友人は、言葉とは裏腹に、横目を美女に寄せて、一方の目でわたしに軽く目くばせをしました。

 

「そうか、これからまだ口説くんだな」

とわたしは察して、

『ご武運を』

と笑いながら席を立ちました。友人はにやりと笑って返しました。

 

■ その後

彼とは数日後に仕事で顔を合わせました。

わたしは、すかさずあの夜のその後の顛末について、さも気無げに聞きました。その方が言いやすいだろうと思ったから。

 

『あれな。男やった』

『え、お ・と ・こ?』

『いざことを運ぼうという段になって初めて分かったんや』

わたしは、絶句しました。掛ける言葉もありません。

『へえ、へえ~』

二の句が継げません。が、興味がそれに打ち勝ちました。

『それで、どうしたん?』

 

彼は、にやりと笑って答えませんでした。今はやりの「二刀流」だったのかは聞かず仕舞いでした。

「日本一のだがし売場」に行った

 

 

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日本一のだがし売場のパンフ


所用で岡山県倉敷市に行ってきました。倉敷市は、白壁の町並みが残る倉敷美観地区、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋などで知られています。美観地区は、連日の猛暑に恐れをなして観光しませんでした。

 

既に、複数回観光してはおりますので。しかし、風薫る5月頃なら或いは訪れたかも知れません。何しろ何をするにもやる気を削ぐ暑さには、とても気が乗りませんでした。

 

■ 瀬戸大橋

瀬戸大橋は、これまでしっかり見たことは無かったのですが、倉敷市の南部の王子が岳に建つ二階建てのカフェの屋上からは、その全貌が伺えるとのことで、そこには所用とはまるで離れてしまうことになるのですが、立ち寄りました。

 

快晴で比較的よく澄んだ空の下に、瀬戸大橋は小さな島々を縫うようにかかっていて、その白い躯体は絶景に値しました。すかさずカメラに収めました。

 

■ 日本一のだがし売場

帰る途中、Googleマップで偶然に見つけた「日本一のだがし売場」に駄菓子の文字に釣られて寄ってみました。到着までは、Googleストリートビューで少し知識はいれてありましたが、詳しく調べてみませんでした。

そこへ行ってからの楽しみを残しておきたかったからです。

 

日本一のだがし売場は岡山県瀬戸内市のひなびた片田舎にありました。

この店の前面道路の車の通りも多くはなく、狭い谷間の一本道に沿って長閑な田園風景が広がっていました。その中にひと際目を引くのがこの駄菓子屋の建物で、何かの工場か加工場の用途に使われていたものを改装したようでした。

 

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日本一のだがし売場のパンフ 裏面

 

■ ごった返す

店の前の駐車場やその横の駐車場は既に満車に近く、出て行く車も入る車も引きも切らず、大変な繫盛ぶりです。運よく駐車でき、中に入りますと、ガランとした室内に昔懐かしい、今に目新し駄菓子がびっしりと展示されています。スーパーなどのように棚に並べるのではなく、平置きで、それが余計にガランとした感じを出しているようでした。

 

狭い通路に、ありとあらゆると思えるほどの多種多様な駄菓子が並んでいました。「大人買い」と呼ばれるケース販売もありました。

 

店内には人が溢れかえり、新コロナウィルスも何のその、大声が行き交います。そんな中、約5,000円分くらいを買いました。もっとじっくり見たかったのですが、人が多く少し感染が怖くなって40分くらいで引き上げました。

 

まあ、大きな売場である事は確かですし、大量にあるので機会があれば行ってみてください。画像は総て貰ったパンフの物です。

コバエが飛ぶ

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画像出典:環境機器㈱

 

ある暑い日、食卓が整うまでくつろいでいますと、娘が

『あ、コバエだ』

と言って空(くう)を見まわしています。そしてわたしの方に飛んで来たようでしたが、わたしは発見出来ませんでした。コバエが最近飛んでいるのに、確かにわたしも遭遇することがあり、たまたまこの日は、わたしは気が付きませんでした。

 

それでも、娘は気にいらないらしく、暫くは空を見ておりましたが、またしてもコバエは懲りようもなく飛んで来たようで、

『パチン』

と手を合わせる音がして娘が得意げに、シャープペンの芯が短く折れたような獲物をわたしに見せました。

『おお、凄い』

わたしは感嘆の声を上げました。が、暫くすると今度は、わたしの視界に複数のコバエらしきものが入りました。わたしはそれが飛ぶ方向に視線を追いやると、娘がそれに気付いて、同じように視線を合わせようとします。

 

■ それはしかし

わたしの追いかける空間を同じように追いかけた娘は、

『どこ?』

と虫の飛んでいるとわたしの言葉を、怪しんだらしかった。

『そこ、そこ』

わたしは娘の方を指さしましたが、

『何もとんどらん』

と指摘されて、わたしは違う方向に視線をずらしました。やっぱり複数匹が飛んでいます。また、違う方向に視線をずらしてもそこにも飛んでいます。

 

しかし、それはわたしの目の中で飛んでいるいわゆる疲れ目に出てくる虫だったのです。いわゆる疲れ目であります。

買い置きの目薬を差して、その日は早め就寝となった。

人感センサーライトが作動しない時

 

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画像出典:モノタロウ

筆者の利用の物によく似ていますが、同じものではありません


人感センサー付きのライトを約20年程前に購入しました。と言っても防犯用の人が近づくと点灯する用の物ではありません。室内用です。故障は一度もなく現在に至っています。

 

コンセントに差し込んで、夜中にトイレに起きた時に、人の体温を感知してライトが床近くを照らして呉れる優れものです。

 

当時は、一般人の利用では珍しい頃でしたので、少し高い目でした。が、いくらだったかは覚えていません。これは夜中にトイレに起きると、ローカの照明スイッチまで3-4歩の距離にありその間は手探りの歩行となるので、人さえ感知すれば自動的についてくれる。

 

また、約一分間の点灯の後は、自動消灯のタイマー式なので、消し忘れもなくとても便利で有難い。

 

■ しかし

しかし、買った当初の事はよく覚えていないのだけれども、最近暑い夏の夜などでは、人を感知してくれない現象が出てきました。昨今の暑い夜は想像以上。

人間の体温程度かそれをを超える室内温度では、人感センサーが反応してくれません。これは、致し方ないのかも知れませんが困ったものです。

恐らく人間の体温の36度前後の設定になっているセンサー感知は周りの温度がその程度に上昇すると反応しないのだと思われます。

 

■ 感知しない時はほんの数日

年間を通して、人間の体温近くまで廊下の温度が上昇して下がらないというようなことは、ほんの数日です。しかも、廊下の温度が下がる明け方には感知してくれるようになります。

 

昼間でも感知するのは当然として、電球が切れたこともなく、上記以外の不具合以外はとても重宝ものです。

 

■ 小銭泥棒

家の車は古いので、よく車上荒らしに会います。自分の家の駐車場であるにも関わらずです。従ってこの手の人感センサーなら、あるいは抑止効果があるのかも知れませんが、それより盗まれて困るものは置かないようにした方が良いと考え、小銭などは置かないようにしているほか、発見しにくい場所に移動したりしました。

 

しかし、防犯用に取り付けている人は、作動しないかし難い時があるので注意が必要かなと思います。

勿論、車自体は盗みたくなるような代物ではありませんので、この点で安心です。

 

 

お金の話も教えるべき

 

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画像出典:りそなグループ

 


欧米などの先進国では、学校教育の段階でお金に関する勉強も教えるということを聴きますが、ほんとうなのでしょうかね。詳しくは把握していませんが。

 

お金のためにだけ有名大学に進学する訳ではありません。自分の持つ夢や希望に沿って勉強をしようと言う人も居ることはいます。しかし、そう多くはないでしょう。大多数の学生のために、お金に関する授業をすることは意義があると思います。

 

■ 日本の学校

本の学校では、資本主義経済を教えることは教えますが、日本の働き手の大多数を占めるサラリーマンの資本である体を提供しての勤務を、どのように提供先の企業と交渉すれば良いのかを教えません。稼いだお金を労働以外で増やすというようなことになるとまるで教えません。

 

自分の教え子が、少しでも名の通った大学に進学するために、よい高校に進学する、そのために塾に通ったり家庭教師を付けたりするのは、結局のところお金を少しでも有利に得るためである事を教えません。

 

学問をする崇高な学校に、薄汚れたお金の教育などと言うものを、日本の教育関係者は断固拒否なのでしょうか。

 

■ 教師も分からない

お金の勉強をしたことが無いままに教授や教師となっているので、教えようがないのかもしれません。大抵の教師は、お金に疎いものです。

「立派になれば自然とお金も付いてくる」とも言いますが、誰であっても当てはまる箴言ではありません。我々が知りたいのは、特殊な能力や才能がある人の場合ではありません。ごく平凡な我々についての一般的なお金の知識、わけても儲か方や稼ぎ方です。

 

教師も、公務員であることが多いのも、それを助長している可能性もあります。一度社会人として民間企業で働いた経験がある人が適任かも知れません。

 

■ お金の話をすると

日本では、お金のことを言うと、

『あの人は、二言目にはお金の話をする』

などと陰口が出ますし、

 

『給料はいくらもらえて、どんな手当てがあるのか』

と、まずは働いてもいないのにお金の話を企業に聞くのは、禁句のようです。しかし、一般の企業経営者や個人事業主ではない人は、体が資本です。企業では資本金にあたるものです。いわばその資本である体を提供するのですから、どんな見返りがあるかは、聞いて当然です。

 

また、サービスで残業するなどと言うことも、本来有ってはなりません。労働を提供するからには、必ず報酬が発生しなければなりません。ただ、個人事業主の請負の場合は少し違い、請け負ったことが完遂することでの報酬ですから、それが出来なければ報酬が得られないのは致し方ありません。

 

しかし、アルバイトやパートタイマーである場合は当然にその時間にその仕事場にいて、何らかの仕事に従事して居れば、その仕事が不出来でも目標に達しなくても労働の見返りは支払われなくてはなりません。

 

『それだけの金を貰っとらんから』

と言うのは正しい。そもそも、アルバイトに正社員と同様の品質を求めるなら、それなりの支払いがなければなりません。要するにお金です。

 

■ スキルアップの努力

しかし、お金の話を持ち出すためには、また転職するなら自分の資本である体以外に知識や技能の研鑽を行い、能力の向上もなくてはなりません。資格や実際の仕事の場で役に立つ能力を積み上げるのでなければ、転職を目指す先で

『いくらもらえるのか?』

とは聴けないし

『これだけのことが出来る』

くらいのアピールが出来なければ、確かにお金のことを聴くのはおこがましいかも知れません。従って、社会人になっても、自己能力向上につぎ込むお金は、立派な投資と言っていいでしょう。絶え間なく自己研鑽を行うべし。

 

アルバイト店員の「わるふざけ動画」

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画像出典:日本経済新聞

 

アルバイト店員の店での悪ふざけ動画は昨年の暮れから今年の二月までの間に、確認されているものだけでも、全国で6件が挙げられています。

 

悪ふざけ動画と言うのは、飲食店やコンビニ店のアルバイトが食材などで悪ふざけをする動画を交流サイト(SNS)に投稿するというものです。新聞は、彼らの行為が刑事事件に発展するとして弁護士の言葉を引用して警告を記事として載せたりしています。

 

一向になくならないこの手の記事ですが、本質的には一体何が原因かは、新聞社の記事でも、弁護士でも発信しません。

 

■ 企業の姿勢が問題

このような悪ふざけが出る理由は、企業が正規雇用の社員ではなく、アルバイトを雇って、しかも正社員同様の仕事をさせようとする企業姿勢に起因しています。勿論、アルバイトの人が皆、悪ふざけをする訳ではありませんし、正規雇用の人なら全くしないとも言えません。

 

ただ、日本の雇用システムは、1990年代からデフレ経済に入った頃から、正社員を出来るだけ雇用しないスタイルに変化してきました。それは、少しでも他社より売り上げを伸ばし、利益を確保したいからでした。

 

今のようなデフレ期では、例えをあげれば、物の値段が上がりません。それは、日本の大多数の働き手であるサラリーマンの給料が上がらないことにつながり、誰も高いものを買わないからです。少しでも安いところを選んで購入します。

 

そうなると、商品とその販売にコストの削減が必要となり、コンビニ、牛丼、回り寿司、酒類の飲食店などでは、労働コストの安いアルバイトへと店員シフトが進むのは、当然です。つまり、デフレがグルグルと日本中で循環して、悪化するばかりです。

 

■ アルバイト

アルバイトの人も、自分たちの給与や福利厚生が社員より安いことを知っています。従って、働いている職場に忠誠心や愛着が湧くことは少ないでしょう。安いアルバイト代の職場であれば、働く人の入れ替わりも頻繁となるの当然です。

結局、企業もコスト削減を目指すばかりにギリギリまで給与を抑える訳です。そりゃあ、働く人も中には、こんな給料でやってられないと思って、悪ふざけをしてしまうことに及ぶとし得ても、おかしくありません。

 

恐らく、ここの事案は、SNSに投稿されて発覚に及んだものだけですから、そういう目的でなくて同じような悪ふざけや腹立ちまぎれに似たような行為をしている人は、決して多くは無いものの一定数の率はあると思います。

 

■ 企業がアルバイトを提訴

確かに、悪ふざけをして動画をアップした人たちは、許されることではありません。しかし、企業も自分たちの利益の最大化のために、人の労力を安く抑えようと考えて、アルバイトを雇っているわけですから、そこにリスクを考え、対策を行うような行動が無ければなりません。

 

アルバイトを、刑事事件としていくら提訴しても決してなくなりはしません。企業の利益主義が、そのような事態を招く土壌を持っているのですから。

 

■ 企業にすれば

企業にすれば、デフレだからそこで利益を出すには、人件費を削るしかないと言うでしょう。しかし、デフレ下だからそうするしかないとしないで、もっと積極的に違う行動も同時にとって欲しい。

 

即ち、デフレの脱却を政府に訴えて行くのです。

 

デフレを脱却できる方向に持って行けるのは、国民や企業ではありません。政府がデフレ対策のための政策を次々と打ち出すことです。

・金融緩和 企業や起業する人がお金を借りやすくする。

財政出動 公共事業への巨額の投資で仕事を作り、雇用や企業投資を促す。

・減税   国民の購買意欲を拡大を進める。

 

この三つを同時にしかも大々的に行う必要がありますが、これまで実現出来た内閣はありません。どれかはたしかにやったのですが。

 

新型コロナの終息に伴い国民の消費意欲が高まる時に、財政投資と減税を行うことは、是非ともやって欲しいし、企業も苦しいサラリーマンの給料をピンハネするようなことをせず、政府にこの三つをもって、詰め寄って欲しいのです。

 

そうでなければ、悪ふざけはなくならず、企業価値を自らが貶めて行くだけです。やるべきことは、アルバイトの人の姿勢ではなく、政府に経済発展への上の三つを求めるべきです。

 

恐らく、デフレを脱却できる最後のチャンスとなるでしょう。

ボクシング

 

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画像出典:BS TBS

 

スポーツの中で、最も過酷なものは「ボクシング」です。日本風にいうと「拳闘」ですね。相手と拳で殴り合いで勝ち負けを決めます。ルールがあり、レフリーもいますので、喧嘩になることはありませんが、それに近い出来事はたまにあります。

 

若い人の中には、力がみなぎっている人がいて、喧嘩でそれをを捌け口にしてしまう人は少なからずいます。そいう人はどんな喧嘩で負けたくないとか、誰かを無性に殴りたい衝動を持つこともあると思います。

 

そいうのに合法的に行えるボクサーになろうとする人は結構います。

 

■ 試合

ボクシングでは何もしないでいると、殴られて悪くするとダウンで負けてしまいます。常に動き常に攻撃をしなければ勝利はあり得ません。逃げ回って勝というスポーツ自体におあり得ませんから。まして、拳闘です。喧嘩なら逃げるが勝と言えるでしょうがそうも行きません。勝つためには試合で相手を叩きのめすしかありません。

 

■ タイトル

チャンピオンベルトを懸けてのボクシングは、YouTubeでいくつもの試合を見ることが出来ます。

やっぱり、素質が無いと出来ないスポーツですね。素質には、人以上の頑張りも含まれていますし、闘争心も必要です。

 

わたしのような人間は、とても無理ですが、強い日本人ボクサーがいると応援したくなります。そして、相手に打ち勝つとその選手同様に何かすっとします。

 

パンパンに晴れ上がった目の周りや、擦傷で血がしたたる顔で、勝利の拳を上げるのを見ると、かっこいいと思ってしまう。けれども、負けた相手も最後まで戦ったのも、賞賛できます。

 

■ ボクシングの本

中学生の頃に、本屋さんでボクシングの練習の本を買って来て、裏の人気のない畑で練習していました。コーチはその本だけでしたが。ボクシングを本気でやろうと思った訳ではありませんでした。

 

小柄なわたしが、わたしより大きな人に負けたくないという喧嘩を想定しての事でした。そのうち、大病をして2年も入院して結局それ仕舞いでした。

それ以降の人生で誰かに、殴られたことは一度もないし、殴ったこともありません。ただ、殴られそうになったことが、一度あります。

 

ここからはボクシングから少し外れます。

 

■ 可愛い女の子

その子は、わたしが20歳代の前半の頃に、駅前の本屋さんに居ました。おぼろげに顔は浮かぶのですが、細部を想いうかべようすると、全体までもが大きくぼやけてしまいます。

 

目鼻立ちの整った顔で笑顔が可愛かった様に思えるのですが、その後の人生においてアイドルの若い女性や実際に付き合ったした女性の顔が入り交じって、実際のところあやふやです。しかし、兎も角可愛かったのでしょう、多分。

 

わたしは、その子に紙切れを渡して、仕事が終わったら近くの喫茶店でお茶でもしましょうと、勝手に決めてその喫茶店に行ったら、彼女の変わりに大きな男がやって来て、

『○〇はおるか!』

と喫茶店の入り口に立って叫びました。わたしは、恐ろしさに震えていました。それでも何食わぬ顔で店をでたところで、

『お前が〇〇か!』

と凄い形相でわたしをにらみつけます。わたしは目前に迫った大男の顔を見ると殴られるに違いないと思いましたが、その気配はありません。当然でしょう。わたしが、紙きれを渡した男だとは確認できていないのですから。

『じゃあ』

と横に抜けて、一目散に夜道を1キロくらい逃げました。

後ろから、

『こらー』

と言う声がしましたが、追いかけて来ませんでした。たかだか、紙きれ一枚で顔を殴られていたら、幾つ命があっても足りませんから。

 

■ 彼女はいなくなった

その後、その本屋さんには何度も行きましたが、彼女の姿はありませんでした。かわいい子を見ると、誰彼無しに声を掛けていたわたしは、ちょっとだけ反省しました。

街あわせは、いざという時には裏口から逃げれるようにした店にするべきだと。

懲りてない、、、!

 

 

上手く行かずに却ってよかったことの例

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画像出典:GMOコイン

何かの投資やかけ事の様なちょっとヤバイかも知れない投機的投資などには、全く縁がないのがわたしの弟です。小学生の頃から、まじめにしかし抜け目なく小銭を稼ぐことに長けていて、わたしはその才能をうらやむことが多かった。

 

弟は、働くようになってからも、お金には厳しく弟の嫁も苦労したようでした。

 

■ 父の残したお金

父は、凡そ15年程前に他界して、幾らかのお金を残していました。自分が使うために残したものであって、わたし達3人の子のために貯めていたものではありません。しかし、急逝して、結果として幾らかのお金が残されました。

 

そのお金はいったん兄が預かり、墓のある田舎の寺や法事に拠出していましたが、一段落したので、相続することとしました。

相続税の基本控除額にも届きませんでしたので税金と言ってかかりませんでした。三等分にしました。2021年春頃の事でした。

 

■ お金の使い道

弟はそのお金が入ってもすぐさま使う用途が見つからず、わたしにこんな相談とも打ち明けとも取れれるような事を話しました。

 

『今、ビットコインが凄い勢いで上がってるらしいな』

『そうらしい。僕は買ってないけど』

とわたし。

 

『オレ、分けたお金で買ってみようかなと思ってる』

珍しい弟の言葉にわたしは、顔を見ました。そして、

ビットコインは、しっかりとした裏打ちは無いので、やめておいたら?』

と言ったものです。

『ふーむ。他にどうしたらお金が増える方法が分からん』

というのです。

 

そんな会話をしたその後、ビットコインは、半値程に暴落しています。

『おい、ビットコインはどうした?』

と何かの連絡の時に聞きますと、

『口座開設に、いろいろな資料をそろえて出したりせな行かんので、放ってある』

『そら、それでよかったな』

確かに弟は上昇していくビットコインに焦っていたのですが、結局それが良い結果となったという話であります。おしまい。