聖護院 京極のブログ

天と地の間に新しいことなし(ことわざ)・・・人間の行動は今も昔も変わってはいない

アニメ「ゴルゴ13」

画像出典:さいとうプロ

ネットで会員になれば、映画の一部が見放題というのがあって、娘がそれに加入しています。わたしのパソコンで見ることが出来るようにしました。勿論、居間のテレビでも同時に違う映画を見ることも可能です。

そのシステム自体はわたしはよく理解していませんが、内外の映画やアニメが見られるので、重宝しています。

 

テレビを見ない分、外国映画や日本映画も面白そうなのはよく見ています。

 

■ アニメ「ゴルゴ13

そこでは、アニメの「ゴルゴ13(さいとうたかおプロ)」シリーズ全話見ました。ビックコミックに連載され始めて数年からのファンで、立ち読みや分厚い何話かの特集本も買いました。が、これまで見逃した話数の方が多いくらいです。

 

Wikipediaを引用します。

 

ゴルゴ13』(ゴルゴサーティーン)は、さいとう・たかを/さいとう・プロダクションによる日本劇画1968年昭和43年)11月から小学館ビッグコミック』にて連載中。超一流のスナイパー(狙撃手)・暗殺者「ゴルゴ13」ことデューク東郷の活躍を描く劇画である。

リイド社より発売される単行本(SPコミックス)の刊行数は単一漫画シリーズとしては世界一となる204巻を数え[3]、2021年(令和3年)7月にギネス世界記録に認定された[4]。同年3月時点でシリーズ累計発行部数は3億部を突破している[5]

連載継続中の漫画としては日本で4番目の長寿漫画[6][7][注 1]である。 また、さいとう自身の手による連載期間は2021(令和3年)年10月掲載分までの52年11か月となったが、この数字は同一作家による連載漫画としては日本で4番目の長さとなる。

 

 

例に漏れず、社会が移り替わり何十年と言う年月の変遷があっても、主人公は歳を重ねることも無く、完全無比な思考、強靭な肉体と視力は相変わらずの活躍ぶりです。世界一のスナイパー(殺し屋)が、老いて仕事の依頼が受けられないようになる話では、本は売れずアニメも見られないということになるのは非を見るより明らかですから当然でしょうが。

 

市販の漫画本でのわたしの知っているゴルゴ13は依頼主と話すときは、タバコを吸っていました。そして、狙撃依頼を受けた時には、吸殻を中指でピンと撥ねて飛ばします。それがまたかっこいいという訳でわたしもタバコを吸っていたころには真似たものです。

 

最初は中指で撥ねるとタバコの包み紙が破けて、火が自分に降りかかるというような惨事が幾度かありましたが、次第にうまく行くようになりました。しかし、わたしはゴルゴ13より早く禁煙しましたが。

 

■ ゴルゴ13はタバコをやめた

アニメ中で「ゴルゴ13」がタバコを一本も吸う画面は見ませんでした。

意図して吸わないことになったのは、社会的規範で製作者が意趣替えしたのでしょうか。ゴルゴ13が、健康上の理由で自主的に止めたのかも知れませんが。

 

うーん、個人的にはタバコを吸いながらゴルゴ13が、狙撃依頼を聞く場面や一人ホテルの窓際に立って吸う姿は好きだったのでとても残念な気がします。さりとて、ゴルゴ13が携帯用灰皿を持って、そこで吸ったタバコの火を消すというのも無様です。

 

まあ、時代の要請する規範や風潮はアニメにも色濃く入り込んでいると感じた次第です。ゴルゴ13はいつもながら面白かったことは、付け加えておきます。また、ゴルゴ13の声優さんには、舘ひろし氏がされていて、最初は違和感がありましたが次第に、慣れてピッタリかなと思えるようになりました。

夕方のテレビニュース

 

画像出典:出典先を失念しました


夕方のその日にあったニュースなどを見ることがあります。そのうち事件や事故はわたしとしては、注意してみる方です。と言うのも犯罪などのニュースは、明日はわたしの取る行動となるかも知れないと思うから。

 

しかし幸いにもその兆候は今のところありませんが、いつ何時そのような当事者にならないとも限りませんしね。

 

■ 犯罪ニュース

さて、テレビでの犯罪や事故のニュース報道の仕方は一様ではありません。ごく普通にアナウンサーが原稿を映像と共に間違いもなく、スラっと読んでお仕舞いと言うのが一般的です。

が、わたしが変だなとも面白いとも思うニュース報道方法があります。それは、アナウンサーが容疑者の供述部分だけ、声色(こわいろ)を変えて読むことがあります。それは、夕方のニュースの時に殆ど限られています。

勿論、夕方に流したニュースを夜にも流すという、使い回しがありますが。

 

例えばこんな風です。

 

「容疑者は、警察の調べに対して

仕事が上手く行かず、むしゃくしゃしてやった。自分がやったことに間違いはない

と、容疑を認めているということです」

 

『』の中の色付き文字部分だけを、アナウンサーは声色を変えて読み上げるのです。別に悪くはないし、印象に残る方なので読み方としては適切とも言えなくはない、ではありますが、わたしはそれを聞く時

 

『えへへ、声色を変える必要があるん?』

と口をついて、ついつい独り言ちる事がよくありますし、そういう言葉が出ない場合でも条件反射の様に人知れずニヤッとしてしまう。

 

それを見ていた家族は、

『お父さん、ナニを笑ろてん?』

と訝(いぶか)し気に問う。すると、他の家族は同じニュースを見ていながら、わたしのように部分的な声色に変化を持たす読み方が特段に可笑しいとも、変だとも思わないということであるから、

『いや、別に』

と答えることにしている。

 

 

車の中の匂い

 

画像出典:ディオナチュレ


過日、車を運転していますと、足元から不快な匂いが立ち上がってくるのを感じました。何か、食べ物が腐った時の様な「饐(す)えたた匂い」でした。強烈と言うほどではなく、かすかに漂って来て、途切れることがありません。

 

同乗の妻にも匂いを確認してみました。妻は、鼻が人一倍敏感で、まるで犬の様な鋭さです。わたしが匂う位だから、妻も感じている筈であると思ったのです。

『何か臭くない?』

というわたしの問いに

 

『臭いけど、それはこの車に染みついている匂いの気がする』

と答えて、確認するように犬の様にクンクンと鼻を鳴らしました。

この後、我慢できない程でもなかったので、目的地に到着するまで、車を停めてまで原因の特定はしませんでした。

 

■ 目的地にて

目的地に到着して妻は買い物に店内に、わたしは匂いの元を確かめようと車を降りて、運転席辺りを入念に調査しました。しかし、その時には確かに車に染みついたであろう匂いはしたものの、運転中のあの不快な饐(す)えた匂いはしません。車の運転席のドアを全開にしたことで、籠っていた匂いが霧散したのでしょうか。

しかし、たとえそうであっても、不快な匂いにの元があれば、かすかにでも匂う筈です。それが、まるでしないのです。足の裏に何かが付いていなかも確認してもそれはありません。

 

■ 帰り道

買い物を終えて妻が車に戻ってきました。わたしは、妻の買い物中のわたしの行った顛末を説明しました。

『と、いう訳で、原因は分からん。犬のうんこも無かった』

どうして、犬のうんこという言葉が出たかは自分でも不明です。

『ふーん』

と、妻は言った切で、さして興味はないようです。

 

しかしやっぱり帰り道においても、あの不快な匂いは仄かに漂ってきます。

この往復時には二人共に匂いの出どころの特定には至りませんでした。

 

■ 原因特定

しかし、家に帰ってパソコンに向かう時に判明しました。原因が特定できたのです。わたしは、パソコンをする時は大抵あの小さな椅子の上で胡坐(あぐら)をかいています。足が楽ですし寒い時には足の裏の保温も兼ねることが出来るからです。

 

そして、今回も。

そうしてあの不快な匂いは、わたしの足の裏から来ていました!

えも言われぬ強烈で、悲しいほどのえぐさ。その匂いが、わたし自身から発するという、何というかサディスティックにいい匂いとも思えることもあります。お前は変態かと聞かれそうですが。

 

それには、今回はさすがにわたしも自分の馬鹿さ加減と落胆から、妻には言えませんでした。

だからといって、靴下を何日も同じものを履いていた訳ではありません。毎日履き替えていました。足も洗っていました。ただしいい加減に。

 

が、

 

クレヨンしんちゃんのパパのヒロシの様に風呂に毎日入り、靴下を履き替えても一日の終わる頃には、このように不快な匂いを発するのです。夏の日でも、冬の暖房の効いた部屋にいる時も、まことにヒロシに負けないくらい足の裏が臭くなる。

もし何なら、匂い消しのスプレーを足の裏に直接かけたいくらいです。わたしの足の裏の匂いが異様に臭いのは今に始まったことではありません。それで何度か悲しいというか恥ずかしい思いは何度もしてきましたので。それは、また別の機会に。

 

******

わたしは、風呂場に入って、匂いが足の裏に鼻を接近させないと匂わないところまで入念に洗いました。わたしの行動を見て妻が、不快な匂いがわたしの足の裏にあると、きっと気が付いたと思いますが、何も言いませんでした。

 

鳥は餌を見てつついているのか?

画像出典:旭山記念公園

小さい頃からの疑問の一つに「鳥は餌を見てつついているのか?」があります。

まず鳥は、顔の両側面に目が付いています。人間でいえば耳辺りに目が付いていることになりますね。顔の正面についていない分、顔は平べったい。

 

その中央辺りに顔の前へ嘴(くちばし)が伸びている。飛翔する時にこれは風の抵抗を受ける部分が少なくなるので、目が顔の側面についているのは、好都合です。というより、進化の過程で自然とそうなったのも知れません。

 

頭を水平に持ち上げた鳥の画像などを見ますと、嘴の先端と側面の目の中心位置はほぼい水平に直線上にあると知れます。これには、例外もあるのですが殆どの鳥がそうなっている。

 

ここが特に重要な点のではないかと思われるのです。その理由は次に段落「■ 観察すると」で書いています。

こんなことは、ネットで調べれば容易に答えを見つけられるのかもしないが、今回はわたしの推測だけにしたい。

 

■ 観察すると

鳥の普段の様子を観察していますと、例えば、数メートル離れた位置に立っているわたしを見る時に嘴の先端方向である正面から見るのではなく、鳥の側面についている目をわたしの方に向けて確認しています。それは正面からわたしを見つけた場合であっても、確認のためには顔の側面の左右何れかの目をわたしの姿と直交する形に顔をひねって見ているのです。

 

それから考えるとどうやら、離れているものの識別には、顔の左右の何れかの目で、見極めようとする目的物に直交する形で行うと考えてよいと思われます。嘴の方向では、出来ないことは無いにしても、上手くいかないのかも知れません。

 

■ 物を啄(ついば)む時

しかし、土の上やアスファルトの上など顔から数十センチと離れていないものへの識別には、顔の正面から出来ると考えられる。というか、その方が見やすいのかも知れない。それが証拠に、地上の散乱した小さな食べ物でも、逐一側面と直交する形での確認することなく啄んでいるから。

 

それを傍(はた)から見ていると、小さな食べ物を目蔵滅法(めくらめっぽう)につついているのではなく、突くものが食べ物であるかどうかを即断していると言えます。そして、それは時々間違って食べ物でないものをつつくこともありますが、これは嘴に入った段階で味覚なのか、触角なのか分からないけれども、

「食べ物じゃあないわい」

と感じ、

「ペっ」

と吐き出す。

試しにパンのカスやビスケットの中に小さい紙きれを混ぜてまいて置きますと、鳥は間違って紙切れを咥えます、が即座に吐き出すことからも確認できます。

 

即ち、鳥が地上の顔に近い食べ物を首をあちこちに振りながら食べる時には、嘴の正面からの物の確認が即座に出来るようになっていると考えるのです。

で、それがどうしたって話ですが、どうにもなりませんです。はい。

5羽のスズメ

 

画像出典:Canon グローバル


わたしの住まいは、住宅街の角地にあって、道を挟んだ向かい側にも中年夫婦の住まいがある。その家では小鳥を飼っているらしく、毎朝主人が道端に出て、餌の殻を吹いて飛ばす。その作業が終わると、遠くから見ていたらしいスズメが飛んでくる。

 

目的は無論、小鳥の餌の殻やその時に一緒に飛んだ餌その物にある。それが、スズメたちのごちそうなのである。それを待っているのは五羽のスズメたち。

 

五羽は仲が良いらしく必ず連れだって舞い降りてくる。その様子をわたしは家の出窓のカーテン越しに見るのがいつの間にか日課になっている。わたしはその行為をしている自身に苦笑するしかない。

スズメたちは、わたしの肉眼では判別出来ない程の小さな餌をこまめにつついて、残さず食べ尽くす。

 

その間に、自転車も通れば車も通る。その度に、当家の自家用車の下や近くの屋根や植えられた木の茂みの中に逃げる。そして、人の動きを見定め安全であると判断すると、パッと又舞い降りてくる。

 

スズメの中にも豪胆なものが一羽いて、人が通ったり自転車が通り過ぎる位では、それ程慌てない。3-4メートル離れた位置をそれらが通り過ぎると見れば、逃げることはしない。他の仲間は四散しても粘って貼りついている。

 

その分、他の仲間よりは好みの物を摂る事が出来る。

 

■ 仲間

これらの五羽は、一緒の行動をする仲のよい集団ではあると思われるが、食事時には食べ物の取り合いで争いは起きる。内の一番体格のよいものが、常に他を追い払おうとする訳でもない。

中くらいのがそれをする。どういう力加減なのだろう?

それが自身より小柄なものであっても、追い払ったりしない。何故か同じ位の体のもの一羽だけなのである。癪に障る何かが追い払われるものにあるのだろう。

 

追い払われるものも、一時は退いてもそれが度重なると反抗心を出す。それでお互いに空中で威嚇しあう。けれども、決定的に争うことは無く、また地上に降りて餌をついばむ。しかし、追い払うものはどうにも腹が収まらないのか、また追い払おうとする。

 

そして、また空中でいがみ合う。

 

■ 漁夫の利

しかし、これは体の小さなものや気弱な仲間には朗報である。二羽が争っているうちに、残りの餌にありつける漁夫の利となるからである。スズメの社会でも実によくしたものであると、それを見ていてわたしは自然と哄笑が込み上げてくる。

欲張りの二羽の争いの内に、三者があっさりと横取りしてしまう。

 

何と人間と変わらないではないか。争わずに仲良く食べれば皆が平等に食べることが出来るのにと。

 

最近の恋愛ってどう?

画像出典:oggi.jp

好きでならない人ではあるが、想いは伝わらることなく片恋のままに終わってしまった。あるいは、相思相愛なれども一緒には成れない社会上制度や家柄、あるいは経済格差による壁があるというようなことは、わたしの若い頃にはごく普通に存在しました。

 

それ故、片思いにも相思相愛にも、青白い情念の火とも言うような、くすぶり続ける相手への想いが長く続くというような事もあって、数十年も経っても、それは胸が締め付けられるような切なさで心が圧倒されもしました。

 

相思相愛の間柄では、それらの障害を越えて駆け落ちということも、何度かは聞いたことがあります。その後がどうなったかは聞こえて来ませんでしたが。それでも、それ程に深く愛することが出来たとしたら、一生の内でどんなにか幸せな事でしょう。

ただ、わたしは恋愛の最高の形は悲恋で終わる事が最高であると勝手に思う者です。昔から言う様に「遂がわば何の恋の味」(恋が成就(じょうじゅ)したら、なんだこんなものであったのか?)であろうかと思うのです。

 

■ しかるに今は

しかるに今は、そのような障壁は全くと言ってありません。無論、しがない安サラリーのサラリーマンが億万長者と結ばれるというストーリーもまた、あり得ません。が、それは双方に恋愛感情が沸き上がる事があるなら、皆無ではありません。むしろ、そうなる前に諦めているふしが双方にある気がします。

しかし、そうなる機会があったとしても、二人の行き着く先は大よその見当がつくという情報化の社会になったのが、遠因かも知れません。

 

■ 情報の過多

わたし達の古き時代には今の様に携帯電話がありませんでした。今ならたとえトイレに入っていても電話がつながるというか、呼び出しがかかる時代です。たとえ、二人が好きになってもいつでも、明け透けにお互いが知れてしまって、未知なる人格すらもあり得ません。

住所も知れれば、Google earthのストリートビューで特定も可能です。

 

昔の様に連絡を取り合うとなると、自宅の電話か公衆電話という不便さ、相手の家に電話をかけて誰が出るかも知れない心もと無さもありません。いつでも何時でも互いが了解さえあれば、連絡が取りあえる素晴らしさと同時に、なんとも言えない味気無さ。

 

これでは、「秘めた恋」など出来ようもないではありませんか?誰にも知られたくないという気持ちが、二人の思いを、好きなだけ伝えるのにままならならない、互いの愛を確認する方法が限られているからこそ、そのもどかしさや切なさが募って、会えば万感の思いが迸(ほとばし)るのでありました。

そんな経験をするにも出来ない最近の若い人を見ると、気の毒な気もします。

 

■ わたしの娘

わたしにも年頃の娘がいます。また、付き合っている男性もいます。同級生で向こうから付き合いを申し込んで呉れたそうです。娘は承諾して付き合いは数年前から始まってはいます。しかし、互いに好きでならない相手であるようでもありません。

それは、二人の仲に何の障害も発生していないことといつでも連絡が可能で、仄かでも持っているであろう恋心が試練にあうことの無さが、喚起されないからかも知れません。

わたしは、昭和という不便な時代に生まれて、告白出来る機会がなかったことを恨めしくも思い、出来なかった切ない思いのまま過ぎ去ったことを良かったとも思う。

 

 

 

 

 

「お釈迦になった」とは

 

画像出典:クリアン


何か物を造る時に、失敗した場合

「おしゃかにした」とか「おしゃかになった」

などと言うことがあります。

おしゃかは、勿論「釈迦(しゃか)」の事であるのは周知でしょう。釈迦に「お」を付けているのですね。

若い頃にこの言葉の語源を教えて貰った事が有ります。それを今日まで、無二の正論と考えて疑うことがありませんでした。その教えとは、こうです。

 

『物造りをしている折、不幸にも失敗した時には誰でもこう言う。

「あ、造り損ねた。弱ったな」

と。

「弱ったな」は、「48(よわ)ったな」

でもある。即ち4月8日はお釈迦様の誕生日。だからお釈迦になったというのだ』

 

わたしは、この語源を聞いた時が小学生の高学年か中学生の低学年の頃で、以来、真贋を吟味することなく無邪気に感心して「お釈迦になった」の言葉の意味を得心してきました。

 

 

■ 別の解釈

しかし、別の解釈がある事を知ったのは、つい最近の事なのです。別の解釈でもお釈迦の語源は、わたしが信じてきたものに変わりはありません。つまり、釈迦が元になっているのです。失敗作を「お釈迦になる」といいます。

 

しかし、異論の有力なものには、釈迦の「入滅(亡くなる事)」と掛けて、失敗したとか、ダメにしたとを掛けています。

しかし、釈迦の誕生日は4月8日であっても、「入滅(亡くなる事)」は2月15日なので、4月8日をお釈迦になった(造り物がダメになった)というのはもともとおかしいとしか言いようがないのです。

 

しかし、まあそうは言っても実際のところ物造りにおける失敗作を「お釈迦になった」という言葉が定着している以上、おかしくてもどうしようも無いことではあります。

 

辞書でも、

お釈迦になる」を引くと「失敗作・不良品をつくってしまう。つくり損なう。また、(壊れたり欠陥が見つかったりして)役に立たない物になってしまう。使い物にならなくなってしまう。お釈迦が死ぬことに掛けた言葉

となっており、誕生日なのに死ぬと掛けることに疑問が残る解説です。

 

それなら、わたしが理解していた冒頭の、「弱った(4月8日)」との理解の方が、矛盾は生じませんので、これが案外正解として良いように思います。

放置自転車の籠の中

画像出典:mbs



誰かの通報があるのか、最近は長い期間放置された路上の自転車を見かけることが少なくなりましたね。どうして放置されているのか?理由はいくつか考えられる。

第一の理由に、どこかから場当たり的に失敬して来て、用済みで放置されたままであるという場合です。

第二の理由に、放置自転車となるに持ち主が病気や怪我などの相応の理由がある場合です。

その他にも、捨てる手続きが面倒で置いて行ったとか、誰かが持って言って呉れることを期待しての事からかも知れません。

 

■ 自転車の籠

放置自転車に籠(かご)ついていないものもありますが、付いているもの場合は数日はその籠は綺麗なままです。単に取りに来ていないだけかも知れない、と見た人が想うからでしょうか。また、籠に何かを放り入れて、取りに来た持ち主に咎められる事もあるかも知れない、ということもあるでしょう。

 

しかし、5-6日も経つと、その懸念はほぼ無くなる。

従って、通りがかりの誰かがその場で不要になった物の処分に窮している時、まさに放置自転車の籠は、天啓の様に見えてつい放り投げてしまう。

それは飲みほした缶ジュースやペットボトルであったりします。最初の内は放り投げるというより、こっそりと置くと言った方が正しいかも知れない。しかし、置かれるものには、不思議に腐って悪臭が立ち込めるというような食品類は見たことがありません。

 

わたしにも、置く側の者としてその経験があります。その最初の一人目であった場合もありましたが、凡そ籠の半分くらいにゴミで埋まっている時の方が捨てやすいので、その場合が多かった。この時は、最初の一人である時よりぞんざいになるものです。

 

最初は、わたしの置いた空き缶一本だったものが、数日でいろいろな物が置かれて凡そ、半分程度までになります。

この後はゴミの増え方は加速して一挙にてんこ盛りになるのですが、そこまでに至るには二週間は有ります。そのあとも捨てる人は後を絶たず、籠の中は小高い丘の様になって、丘の頂部には最早何も置けない程にもなる。

こうなると、何気にちょいと空き缶を置こうとして失敗して、地面に落ちるという始末になり、その気まずさに拾いもせずに通り過ぎて行く人もいます。

 

そういう人も一人や二人ではないらしく、自転車の周辺には空き缶やペットボトルがいくつも落ちていたりする。これ以上置けないところに、積み木ゲームよろしく積み上げに失敗し、他の物も一緒に落とすという愚に至ることもあるかも知れない。

 

■ いつの間にか撤去

しかし、こうなると如何とも見苦しく放置できなくなって、恐らくは放置自転車の近所の人が公的機関に連絡したのでしょうか。ある日それは忽然と無くなっています。それを見て、最初にゴミ箱として捨てたわたしは、多少の呵責から解放されて何かほっとしてしまう。

若年認知症

 

 

画像出典:フランスベッド


昨日夕方のテレビを何気なく見ていますと、「若年性認知症」の報道番組が放送されていました。働き盛りの男性二人の例を挙げてその事例を紹介しておりました。若年認知症とは、65歳以下の人がかかる認知症の事を言います。

 

このテレビ番組は、ネット動画として視聴出来ますので、リンクを貼って置きます。時間がある時と他人事ではないと思われたらぜひ見てください。ここでは、それを視聴されることを前提に詳しくは書きません。

 

リンク

www.youtube.com

 

■ 2男性の例

テレビで紹介された二人に共通するのは、徐々に認知症が始まって行ったという訳ではないことです。

それはある日、突然に発症してしまいました。自分が今どこにいるのかとか同僚の名前が思い出せないなどの異変が起きます。最初にテレビで紹介された男性は、自身で自身の異変に気付き、病院の診察を受けた為、進行を止めることは出来ないものの、症状の進行を遅らせることにはある程度成功しています。

 

二例目の男性も家族が異変に気付き病院の診察を受けたにも拘わらず、認知症とは診断してくれませんでした。家族はその時、結果的に誤診であり手遅れになったけれども、認知症ではないと診断されたことにほっとしたとも告白しています。認めたくないのは、本人だけでなく、家族も同様なのですね。

 

本人も家族もちょっとした度忘れの様なものであろうかと病院で診察を受けるのが遅れてしまうようです。認知症の症状を知りながらもちょっとした聞き直しなどを厳しく咎めたりすると、病状は更に悪化します。

 

■ 責任感が強く頑張り屋

若年性認知症の人に共通するのは、働き盛りで責任感が強くそして人一倍の頑張り屋である事の様です。そういう人がある日突然、認知症になる、、、

喜ぶべきか?わたしにはそういう気概なもともとありません。

それは、責任感の重圧や頑張る事への絶え間ない緊張感がある時、不安と苛立ちと怒りに変化して、突然に発症したようでした。

 

■ 進行を止める手立てはない

しかし、若年認知症の進行を止める手立てはありません。徐々に進行は進み続けて、自分の名前、家族ですら思い出せなくなります。そこまで行くのを、早期に発見し、家族や仕事を持って働くことが進行を遅らせるということは可能です。

 

■ 身内にも

わたしの弟の義理の兄にあたる男性も、40歳はじめころに若年認知症を発症しました。温厚そうな凡そ認知症とは無縁に思えたのですが。わたしは、その男性とは一度しか会った事が有りません。今、どうしているのか、いくら聞いても弟もその妻も固く口を閉ざしており、その後の消息は分かりません。

なお更に聞き質すことは出来ません。聞いたところでわたしには何も出来ることはなにのですから。

 

■ 会社などの職場努めの人

組織のある会社に勤めている人は、自分の責任は最低でも果たす必要があります。が、認知症はあまりにも責任感が強すぎて自らを無理に努力しすぎる人は、掛かりやすいので要注意です。また、頑固な人もなりやすい。

この世の中、自分がやらないと会社が、、、

 

などと思わなくてよろしい。

例えばあなたが会社を背負っているつもりで、自分がいなければと思う必要はありません。会社はあなたがいなくなって倒産するというような状況にある場合でも、実際にそうなることは殆どありえません。

『君がいないと、会社が潰れる』

などと言われても、実際にいなくなって潰れてしまうことは皆無といっていい。

 

会社などに代表される組織は、一人が出来なくてもみんなでカバーすることで成り立っていますので、組織の一員としてちゃんと仕事をこなせば、あとは気楽にしていていいと思います。

こういう若年性認知症になったからと言って、公的な救済措置があるわけではないのです。

あんまり頑張るな!と言う他ありません。

友の死生観

 

画像出典:VIET JO
本文と直接関係のある画像ではありません。

わたしの親しい友人の一人は、人の死など特別な話になると普通の人なら言わないような事をいいます。何というべきか、その死生観が独特なのです。

例えば、不慮の事故や病気で無念にも若くしてこの世を去らなければならなかった人が、わたしの周りや知人の周りに出来たとしましょう。その話をすると、その友人はこんな風にいうのです。

 

『それは、仏様のお導きでそうなったのであって、浮世の苦難の修行から解放してくださったからで、そういう早くに世をさった人は仏様の近くに召される。僕たちの様な、今をまだ生きながらえている人間は、まだ修行が足りていない。もっと浮世で修行せよとの仏様の言いつけなんだ』

と。

 

わたしは、その独特の死生観を否定したことはありません。仏教の一つの死生観かも知れないと思うから。しかし同時に、うわべでは相槌は打っても、心では同意いたことはありませんでした。むしろそういう事をいう友人を何度も訝しんだり考え方を疑ったりしていました。

 

しかしながら何故、友人がそのような事を言うのかの理由が程なく知ることとなった時から、同意はしないけれども理解は出来るようになりました。

 

 

■ 交通事故死

その友人と、そういう話ではなく何か別の話の時に、ふと交通事故の話へと転ぶことがありました。その時、友人はこう切り出しました。

『僕も交通事故で死ぬところだった』

と言い、続けて

『高校を卒業したとき、卒業ドライブに出かけた。ところが対向車線にこちらの車がはみ出しトラックに正面衝突して、同乗4人のうち3人が死に僕だけが助かった』

『へえ、君は怪我がなかったのかい?』

とわたしは、驚いて言葉を繋ぐように聞きました。

『それが不思議に何もなかった。車は大破していたけれど。助手席の後ろの席で、震えていたところを、救出されて病院に搬送された。後で、同乗の3人は死んだと聞かされた』

『そう、、、』

わたしは、そのこうであろうかと光景を頭に描きながら、言葉が続きませんでした。何でも、新聞に大きく報道されたということです。

 

『警察の人は、君に死んだ3人の分まで長生きしてやらにゃあいかんぞ、とかいった?』

『その通りに言われたよ』

 

 

■ 友人の死生観

友人の、冒頭で書いたような死生観とでもいう独特の考え方は、この事故で友人を一挙に3人も失ったことに起因しているのでしょう。このような考え方を持つことで、今なお生きながらえている自身のことに対する友人らへの申し訳なささと、死んだ友が仏の近くに召されたとの慰めの考えることで顛末を昇華したのだと言う他はありません。

 

どんな人にも、その独特の考え方を持つには、そこに至るにはそれなりの理由(わけ)があり、それを頭ごなしに否定するのではなく、そこに至った出来事の経緯を知るなら同情も生まれる。

まずは、事実を知り、そして同情する。あくまで先に事実を知ることが大切であろうかと思います。