聖護院 京極のブログ

天と地の間に新しいことなし(ことわざ)・・・人間の行動は今も昔も変わってはいない

鍵が壊れたトイレ

f:id:yukukawa-no-nagare:20201204073519j:plain

住んでいたアパートではありませんが、酷似しています

画像出典:賃貸EX

 

二十歳代はじめ頃、大阪の地下鉄の終点駅辺りのアパートに住んでいました。アパートと言っても文化住宅と呼ばれるような片側廊下形式のものではありません。室内の廊下の両側に貸し部屋があるいわゆる中廊下型でした。

 

木造モルタル二階建てで、当時でも相当年代物でしたが、そこを出てから何十年と経っているので、跡形もないだろうと思いながら、先日、所用があったことから、懐かしく思い、尋ねてみました。

 

 

■ その建物は残っていた

その建物は、当時と変わりなくそこにありました。一見して、記憶の中の映像と現物とが見事に合致して、年月の隔たりを感じさせませんでした。しかし、周辺にはあった同じようなアパートは、様変わりして新しい建物に取って代られています。

 

何か、そのアパートだけが、わたしの思い出の再現のために、忽然と現れたかと思うほどでした。

 

わたしは、言いようのない感慨にふけりながら、しばらくそのアパートの出入りを見ていましたが、中を改装中のようで、建築関係の業者の出入り以外には入居しているらしい人を見かけることはついにありませんでした。

 

**************** 記憶 ******************

 

■ 管理人

そのアパートは、前にの書いた通りの2階建てで、1階の玄関横に管理人の老いた女性が住まっていました。玄関は常に施錠されてはいませんでしたが、入外出はかなり厳密で、遅くに帰るとよく叱責されたものです。

 

しかし、家賃などを持参すると、管理人室に入れてくれてお茶や菓子も出してくれたりもしました。そんな時には、よくわたしの身の上などをきかれたものです。また、問わず語りに、彼女の今日までの生涯を教えてくれもした。

 

そこは、6畳程の一間(ひとま)で、彼女は独身らしかった。

 

 

■ 男女同棟

このようなアパートは、本来、法的に男女で最低でも階をもって、分ける必要がありました。が、そういう事が厳密でない時代であったのか、あるいは、分けなければならないことを知っていながら、入居者の確保のために、混交としたのかは不明なのですが、ともかく、男女の数が一二階ともに同数程度であったと記憶しています。

 

 

■ 若い女

若い女性が何人もいましたが、わたしより若いと思えるのは一人だけでした。京都の日本海側の出身であったことから、何かの拍子に会話を持つようになり、

『夏に遊びに来られたら』

と言って貰える程になりました。同郷の人とこんな都会で会えたことが、うれしかった。

彼女は三畳の間に住んでいました。本当につつましやかな、部屋で越してきたばかりで、生活用品が殆ど見当たりませんでした。

 

 

■ 先客あり

ある日、共同のトイレにわたしは用を足すために、二つある個室に入ろうとしていました。トイレの入口にはスリッパが脱がれており、既に先客があることが知れました。一旦、先客が出てから改めて入っても良かったのですが、わたしも、我慢に時間がありません。

 

トイレのスリッパを履き、二つある個室のいずれも戸が閉まっています。わたしは、どちらの室が開いているのかの判断に困りました。

 

ノックをして確かめれば良かったのにと悔やまれます。今となっては。しかし、その時はそういう事で確かめるのが一般的な時代ではありませんでした。

 

耳を澄まし、全神経を集中して人の気配を伺いましたが、どちらの室にいるのかが判断できません。こうなっては、最早、自分の勘を信じるしかありません。

 

 

■ 先客の扉を開く

「えい!」とばかりに開いたトイレの個室には、うら若き女性が入っていました。お尻をめくりあげて、用を足していたのです。扉の鍵は相当前から壊れていて、彼女は、壊れた鍵を持っていましたが、わたしの開ける力に抗(あらが)うことが出来ず、扉と共に中腰までに及びました。

『ああ~』

と彼女

『ああ! すみません』

とわたし、、、

わたしの胸は早鐘を打つ。しまったと思ってももう遅い。

 

急いて戸を閉めて、トイレからわたしは出て、自分の部屋に戻りました。

数日後、彼女はアパートからいなくなりました。あの、良い感じまで進んでいた儚い期待は、最悪の事態のまま、終わりを告げたのでした。

 

今は、どうしているかしら?

 

 

人の悪口は体によい・・・

 

f:id:yukukawa-no-nagare:20201203060733j:plain

画像出典:マナラボ


こんな会話がありました。

焼き鳥の店で飲んでいた時のことです。

横の席には、三人のサラリーマンらしき男性の会話が聞こえて来ます。別に聞き耳を立てていた訳ではありません。店内に軽音楽が流れてはいるものの、自然と聞こえて来るのです。

 

というのも、わたしの周りには、その三人以外には、人影が見当たりません。室内は、聞いたこともないが、軽やかな音楽が流れてはいましたが、話し声を相殺(そうさい)する程でもありません。

 

 

■ 三人の会話

『今度、課長が移動するらしいでー。噂やけど う・わ・さ。 知らんけど』

『え、ホントなの?』

と、向かい合わせの席に一人座った男性。

『じゃあ、後釜は誰になるってこと?今の課長補佐が繰り上げなら、最悪だよ』

今一人がぼやく。

『そうそう、あいつ。この間ポカやったって聞いたぞ、知らんけど』

と最初の男性。

 

気になるのは延々と続く会話に、その男性だけが最後に

『・・・知らんけど』

を付けることでした。

 

 

■ 知らんけど

「知らんけど」を最後に付けるにはどんな意味があるのでしょうか。自分の言った言葉に「逃げを打つ」というか逃げ道を付ける意味合いがあるのでしょうか。

「この情報には、根拠がない」とか「責任は持ちません」くらいなのでしょうかね。それも、会話が深刻にならない手であるのかもしれませんしね。

 

 

■ 知らんけどの男性

それでも、話は結構面白かった。店に人が増えてくるところで、わたしは新感染症が怖いので席を立ちました。しかし、それまでの結構な時間を、聞くでもなしに、聞き耳を立てて聞いておりました。

 

「知らんけど」をいう男性は関西人のようでした。他の二人は違うと思えたのは、言葉つきで知れましたから。いかにも関西人らしい。

 

 

■ 悪口も可なり

大体、本人たちも人の悪口で飲んでいるので、気分はすこぶる良いようでした。”他人の不幸は蜜の味”なんて言葉があるくらいですから。まあ、強くはお勧めはしませんが、サラリーマンの諸氏に溜まった人間関係のストレスが深刻になる前の発散になるなら、悪口くらいはいいでしょう。

 

 

■ 悪口を言わないと目が開かない!

いつ頃であったでしょうか。テレビで奇妙な病気の人が特集されていました。その中の一人であったであろうと思います。男性のサラリーマンでした。

 

彼は、目が明かないと訴えます。目が見えないのではありません。瞼(まぶた)が降りて、指で持ち上げないと見ることが出来ないと言います。従って、目薬を差すのがうまくない人が、指で強制的に目を開ける時のあの格好をしなければならないのです。

 

 

■ 悪口を言うと目が開く!

その人は、会社の上司の悪口を言えば、途端に瞼は何事もなかったように開きます。ずっと悪口を言い続けていれば、開いているのです。しかし、それを止めた途端に、瞼は垂れ落ち上がることはありません。

 

 ---------

こんなことになる前に、働く場所や分野を変えてほしい。新しいことを始めるのは、誰でも不安が付きものですが、飛び込んでみれば案外良かったということもあります。自分に合った職場に出会えるまで、さまよってもいい。わたしは、13回程転職しましたが、後悔はありません。

 

 

唾・砂消し・修正液・修正テープ 修正方法のいろいろ

f:id:yukukawa-no-nagare:20201130070347j:plain

砂消しゴムを使ってみるとこんな風

画像出典:image.itmedia.co.jp

 

最近は、政府が音頭を取ってペーパーレスを進めています。まずは行政からでしょうが、いずれは民間も全廃とはいかないものの、それに近いものになるでしょう。

 

そのような暗い将来ではありますが、わたしはやっぱり印刷されたものを見、確認して書類を出したり、受け取ったりしたい。

 

そこで、昔の印刷された書類の修正の履歴を時系列的に、取り上げてみました。

 

 

■ 唾(つば)付け

印刷されたものは、コピーにとられて配布。原稿は残すようにするのが一般的でした。印刷して、もう一度見直したりすると、所々に誤りや修正したいところが出てくるのは、止むを得ません。そういうものです、誰でも。

 

しかし、役所などに提出すべき書類が出来上がって、鑑(かがみ)である表紙までつけてから、誤りがあったりすると、

 

『ええい、唾つけて消したれ』

となって、本当に指に唾(つば)を付けてゴシゴシとしますと、消えますが、そこは黒ずんで見るからに汚いし臭い。書いた文字を消す意味合いより、何が書いてあったかを知られないように、誤魔化す意味合いの方が強かった。

 

訂正文字は上や下のわずかな空きに蟻の這うような小さな字で書くしかありませんでした。

書くところがない場合は、仕方がないので、上から貼り紙することも。それでも通用する時代でありました。無論割り印はなくとも。

 

 

■ 砂消しゴム

指に唾を付けて修正する方法に替わり、砂消しゴム(冒頭の画像)が登場しました。これは、唾で文字を消すという野蛮で非衛生的な方法に、取って代わることが出来た画期的な方法であります。

 

しかし、唾の代わりに砂になっただけの話で、どちらも消すというよりは紙の表面を薄く削り取るというのがふさわしい。それで、手加減を間違えば紙に穴が開いてしまうことも。

 

この薄皮を残すギリギリのところまで、削るという技術はそう簡単に取得できるものではなく、年季がいりました。さらに、この上に訂正するべき文字を記入する必要があります。

 

緊張して、書き入れてそれが間違ってしまった場合は、最早「じえんど」であります。

 

 

 

■ 修正液

続いては修正液の登場です。これは、書類の紙の部分を削るという、いかにも削除を実践する砂消しゴムとは全く違った、新しい着想に基づいて開発された修正方法でした。しかしながら、これは取り扱いが面倒ではありました。

 

成人の親指程の小瓶に白い液体が入っています。そして、蓋を取りますと、蓋には細い棒とその先端に小さなハケが付いておりました。このハケでもって、誤字の上からなぞると、消えるのです。消えるというか、上塗りして見えなくするというべきでしょう。

 

f:id:yukukawa-no-nagare:20201130075512j:plain

画像出典:ぺんてる


そして、修正液が乾くのを待つ必要があります。完全に乾き切らない内に、修正を試みると、修正液が手につくわ、紙についた修正液が半乾きでめくれるわで、パニックになってしまいます。

 

女性事務員さんが、手についた白い修正液をゴシゴシしているのを見ると本当に気の毒でした。一旦手につくとこれがなかなか取れないのです。当然かも知れませんが。

 

修正液は乾くとその部分の紙を縮ませ、いびつな書類となります。その上、修正液は、やたらと色白で、紙の色とは別格に白かった。一番白い紙を基準に作られているのでしょうかね。

 

 

■ 修正テープの登場

最後に登場し、今後これ以上の修正するものは出ないでしょう。と言えるのは、修正テープです。

 

 誤字を覆い隠すテープの巻きと、使用後のテープを巻き取る二つリールがあります。あたかものテープレコーダのような形になって納まった本体は、持ち易く使いやすいように先細りなっています。

 

その細った先からテープは出て、消すべき文字の上に写し絵のごとく覆います。残ったテープは巻き取りとなり再び本体の専用リールに収納されます。

f:id:yukukawa-no-nagare:20201202062258j:plain

画像出典:トンボ鉛筆

 

なかなかよく出来ています。指も汚れず、紙も縮まないし、穴が開くこともない。その気楽さから、修正文字を入れても、また間違いテープで消すの繰り返しなどで、紙面が盛り上がってしまうこともありました。

 

----

この優れものの歴史も、ペーパーレスの波に飲み込まれて、無くなってしまうのでしょうか。いかにもローテクが故に、記憶に残るものが身の周りから消え去っていくのは、どんなにか寂しい。

わたしの手相

f:id:yukukawa-no-nagare:20201108072148j:plain

画像出典:パブリックドメイン

 

 「はたらけど はたらけど猶(なお) わが生活(くらし)

                     楽にならざり ぢつと手を見る

 

とは石川啄木の哀哭(あいこく)の短歌です。誰しも高校卒業までには一度は教科書で見みもし読んだことが、きっとあるでしょう。そして、つくづくでもないものの自分の手を見ることもありませんでしたか?

 

今日は、そのような材題の歌に親しもうという趣向ではありません。わたしの手相の話です。手相への興味は誰にでも少しくらいはあると思う。しかし、公然と路上やどこかのショッピングセンターにいる占い師の前に座ることというところまで、行くことは稀でしょうね。

 

 

■ 占い師

わたしは、二十歳代に一度占い師に手相を見てもらったことがあります。よくは思い出せないのですが、わたしに誰か連れがいて彼が診てもらい、それに便乗したようです。その場所がどこであるのか、連れが誰であったのかは、少しも思い出せない。

 

ただ、占い師は壮年(働き盛りの歳)をやや過ぎた感のある女性で、なんとなくではあるがその職業にふさわしく思われた。

 

 

■ 彼女の占い

彼女は、わたしの手をとって、何を占ってほしいのかと尋ねた。そして、わたしはこう答えました。それだけは今でもにはっきりと覚えています。

 

『何歳頃に成功しますか』

成功すると決めつけて、更に何に置いてかを言わずに漠然としたわたしの質問に、ぎょろっとした目をして無言でわたしの顔を見返した占い師。わたしは、文筆家になるのがその頃の夢でした。

 

『何の仕事で?』

と問われて、茫然とした質問を恥じて、その職業を答えました。

 

すると、彼女は少し考えて

『55歳くらいかな』

『そんなに先のことでっか、、、』

と落胆しました。そのあともいくつ項目を占って貰ったはずであるが、まるっ切り覚えていません。

 

随分と先の話であったため、わたしはその占いのことを直ぐに忘れてしまいました。若い時には、自分が歳をとることへの実感が伴わず、その頃を想像出来ないものです。

また、その歳に至るまで、あるであろう何かしらの険しい道のりや努力が必要となると想像すると、さっさとあきらめもつくというものです。

 

もしかしたら、そんなことは諦めた方が良いとの諭(さとし)だったのかも知れません。

 

 

■ 最近になって

最近偶然にも、手相占いをネットで見かけることがありました。わたしは、もう占い師が成功するとした歳を過ぎています。翻ってその占いは当たっているのでしょうか。

いいえ、当たりませんでした。というより、わたしはすこしもそのための努力しなかったし、すでにあきらめもしていたので、当然でしょう。

 

 

■ 最良の手相

ネットでの占いでは、わたしの手相は、非常にラッキーな線を幾つも包含していると判断できるものです。

 例に挙げるなら

・ラッキーMが両手にある。(生命線、運命線、感情線が交差して出来る)

・財産線が明確に出ている。(小指に立つまっすぐな線)

・神秘の十字がある。(感情線と生命線の間にクロスする線がある)

・自立線がある。(人差し指のの付け根辺りへ延びる生命線からの線)

・仏眼がある。(親指の関節に人の目状の筋が出る)

などです。

 

f:id:yukukawa-no-nagare:20201108071636j:plain

画像出典:TOMO


 

■ 手相のタイプよりも

人にはとても素晴らしくても、あれさえなかったなら、言うことなしという人がいます。

 

また、

 

とてもぐうたらであるのに、これだけでそれが帳消しにしてもいい、と思える人もいます。

わたしの手相を例えるなら、前者でしょうか。

 

姫蔓蕎麦草のように

f:id:yukukawa-no-nagare:20201129111521j:plain

ヒメツルソバ


 

我が家の畳の半分にも満たない小さな花壇の下に、雑草のごとき夥しい数の「姫蔓蕎麦草(ひめつるそばぐさ)」が年中咲いています。

 

■ 自生力の強い花

「雑草のごとき」という表現は、花の持つ「可憐で弱弱しい」というイメージを覆すような逞しさを持っているからです。名前の最後にも「草」と付いたのは、そのせいであるのかも知れません。しかし、その花は淡いピンクの金平糖(こんぺいとう)のように可憐です。

 

f:id:yukukawa-no-nagare:20201129080059p:plain

姫蔓蕎麦草(ひめつるそばくさ)の花

 

■ どこから来たのか

人から貰ったり、どこかの店で買って植えた記憶はありません。何時しか家と道路の僅かなあきを埋める敷き石の目地に、小さな花が咲くようになりました。その花があまりにも小さくて弱々しく思えたので、抜かずに見守ることにしました。この時には、花の名さえ知りませんでした。

 

 

■ 年ごとに増える

それが、多年草(複数年にわたって生き延びる植物)の逞しさで年を重ねるごとに広がり今では、道路の側溝のコンクリートの蓋の上にまで伸びて、車が止まるたびに踏みつけられたりしますが、決して枯れることがありません。

 

なお、ヒメツルソバと草を付けない呼び方もします。また、姫蕎麦蔓と蔓が後に来る呼び方もあります。

 

 

ヒメツルソバは旧属名ポリゴナムの名前で流通することも多いです。原産地はヒマラヤですが、日本でも半野生化するほどよくふえます。真夏を除き春から秋まで、ソバの花によく似た小花が多数集まった直径1cmほどのピンク色の花を咲かせます。葉は緑色でV字形の茶色い模様が入り、秋になると紅葉します。


茎がほふくし、土に接した節から発根して広がっていきます。花壇に植えるときは、広がりすぎてほかの植物に影響を及ぼすことがあるので、適宜切り戻しをするとよいでしょう。簡単に引き剥がすこともできます。暑さと乾燥に強いので、夏のグラウンドカバーにもおすすめです。関東地方以西であれば、冬は地上部が枯れますが、根は残って冬越しします。(NHKみんなの趣味の園芸より)

 

 

■ 根こそぎ引き抜いても

この花が、花壇の上にまで伸びるようになって、妻が危機感を持つようになり、ついにすべての草を引き抜いてしまいました。

 

ところが、全滅したと思った後の一か月後には、すでに敷石の目地のあちこちから初めて発見したはるか昔の光景がありました。また再生して来たのです。根が少しでもあれば、また再生する逞しさがある花であることも調べで分かりました。

 

 

■ 姫蔓蕎麦草のように

この花の逞しさは、手入れが全く不要であることで知れます。酷暑にも、極寒の日々にも一見して枯れてしまったと思えることがあります。しかし、枯れてはいません。その日々が過ぎると、また勢いを取り戻して、憎くなるほど優勢になります。

 

妻は、今では水をやり、枯れたり、伸びすぎは取り除き、花咲か爺さんのように粒の肥料を蒔いて見守ることとしました。最初はどれほどか嫌っていたのに。

 

わたしたちも、この花のように、幾多の困難や試練があったとしても、しぶとく、図太く、耐えて、生き、敗退せず、そして最後までのうのうと生き抜こうではありませんか。

 

 

猫の思い出

f:id:yukukawa-no-nagare:20201124063529j:plain

画像出典:yomitai.jp

 

猫と犬のどちらが好きかと問われれば、わたしは犬でしょうか。喜怒哀楽がはっきりしているから。かといって、猫が大嫌いという訳でもなく、比較し選択を迫られたなら、こうなります。

 

子供の頃は、わたしの小さな体に犬は吠えたり、じゃれついて来たりすることから、畏怖の対象でした。だから少しも可愛いいとは思いもしなかったのですが。

 

猫はその点、想像以上の素早く動きをしてびっくりさせることはあります。が、吠えもしなければ、知らない人間にじゃれついて来もしなければ、威嚇も余程の事がない限りは彼らの取る手段ではありません。

 

 

■ 猫は好き嫌いがはっきりしている

猫は、好き嫌いがはっきりしていて、厭な人には近づきもしません。犬は犬好きの人であろうとなかろうと、気に行ってもらいたいと思うらしく、尾を振りじゃれつこうとします。

 

しかし、猫は猫好きではない人には、直感で解るようで

「お前は猫嫌いだろう?そういう奴には用はないのだ」

というはっきりした意思表示を示して、胡散臭げにさっさと、どこかに消えてしまう。

 

 

■ 猫の思い出

わたしが二十歳代の中盤頃に住んでいた、ひと間のアパートの一室の窓を開けると、隣家のトタンの壁が、30センチメートルくらいまで、迫ってその狭い空間は猫の通り道になっているようでした。

 

猫は、春先の一日が長くなる頃が「さかり」のピークらしく、その狭い通りみちで、毎夜騒ぎを起こしたものです。なぜ寒がりの彼らにそれが、この時期に来るのか?理解しがたい。

 

 

■ 猫の騒ぎ

猫同士の異性での最初の鳴き声は、実に穏当で

『こーお、こーお』(わたしにはそう聞こえる)

と、さかりの時でなければ、聞くことのない低い声で、鳴き交わす。この程度であれば、問題はまるでない。

 

ところが、ある段階に差し掛かると

『ふぎゃあ~、ふぎゃあー、ふぎゃあ!』

と一匹が打って変わって、まるで威嚇しているように叫びを上げます。

 

すると、今一匹が、(多分相手の一匹だろうと思う)

『ふぎゃあ~、ふぎゃあー、ふぎゃあ!』

とほぼ同じような調子で、声を上げます。両者は、同時にその声を上げ、バタバタと動きがある。取っ組み合いをしている様子。

 

猫の言葉は理解できないから、何がどうなっているのか知れないまま、その声は明け方近くから始まり、少なくとも一時間はゆうに続くのです。

 

しかし、就寝中のわたしは、必ずこれに起こされた。怒り心頭になって、モノを投げつけた事も一度や二度ではありません。しかし、それでも他所に行ってくれない。

 

 

■ 外階段に

アパートには鉄製の外階段があって、わたしの部屋へはこれを利用する必要がありました。この階段の踏み段のところに、猫のうんこが段ごとに一つづつ積まれていることもよくありました。

 

昼間に温められた鉄の段板が猫のお気に入りだったのかも知れません。そこにされたうんこは、猫にしては法外に大きかった。それを、踏まないように狭い階段を上り下りするのです。思うに猫が好きでないのはこの時からであろう。

 

 

■ 人間よりまし

しかし、猫のさかりは、年に二度程度です。それに比べたら人間はいつでも可ですからうるさいと言っても、人間よりはましというべきでしょうか。(うんこの件は別にして)

 

 

 

資格試験場にて

 

f:id:yukukawa-no-nagare:20201126070928j:plain

イメージです。

画像出典:worldometer


「資格を取って置けば将来に役立つかも知れない。食いはぐれが無くなるから」

 とよく言われたものです。

 

勉強途中で脱落したり、諦めたりしたものも含めると、実際に手を付けたその数は両手に余ります。資格を手に入れて、実際に約に立ったことは、生業関係以外には、結局ありませんでした。資格を持っているだけで食えるほど、世間は甘くはありませんから。

 

一時期は、資格を貸与して代価を得ることも可能でしたが、現在では実際に就労していなければ違法となるようになりました。名義貸しは駄目だということですね。どんな、資格であろうとも。

 

 

 

■ 試験日

試験日は遅れまいと、少なくとも1時間前には試験場に到着して、受験棟や部屋の確認をしたりしていました。知人や友人を見かけることもありましたが、雑念が入ると折角の記憶が剥げ落ちてしまう気がして、声を掛けないままやり過ごしたことが、殆どです。

 

指定の席について、一応持って来た参考書などを見ても今更ながら、どうにかなるはなしではありません。余計に迷いが出てしまう。記憶の良い人はいいなと思いながら、迫りくる開始時間を疎ましく待つしかありません。

 

 

■ 試験が終盤

息詰まるような時間がながれます。ため息がどこからか聞こえたり、消しゴムの摺る音、咳払いなどが聞こえたりしますと、誰しもが必死なのだとわかる。

 

それが終盤に来て、

 

『あと、残り15分です』

『受験番号、名前に記入漏れがないか、もう一度確認してください』

などと、係官。この時点で未回答が多数残しているなら、合格はほぼ絶望的です。

 

『間違っていてもいいから、解答欄はすべて埋めなさい』

とは、どの試験でも共通の教え。それで、一問が助かるかも知れませんから。しかし五者一択の問題でもまぐれ当たりは、滅多にありませんが。

 

 

■ 試験終わる

試験が終わり、解答用紙が引き上げられると、近くにいたわたしとは全く関係のないグループが、

 

『おい、3問目の答え何にした?』

『あれは難しかったな。おれは、4にした』

『あれは、4しかあり得んな』

『3はひっかけやろ』

『うん』

 

そばに居たわたしは、それを聞くともなしに聞き耳を立てておりました。

そして、

「オレ、たしか、3問目は1にした、、、」

と思う。

 

『なら、21問目の答えは?』

『あれは、5』

『よかった。おれも5にした』

 

そして、「ワシ、21問目は2にしたぞー、今回もあかんかなあ?』

てなことになる。そう思うと、また来年の試験に向けて、眠くなるのを堪(こら)えながら、一向に頭に入らない問題集に絶望している自分の姿が浮かんできます。

 

『ああ、やだやだ』

 

 

 結果は、、、

 

初めてのお見合い 

f:id:yukukawa-no-nagare:20201126120351j:plain

画像出典:mirain

 

お見合いをしたことがありますか?

わたしは結婚するまで、紹介で32回お見合いをしました。が、結局誰とも結ばれることなく終わりました。良いなと思う人がいなかった訳ではありません。

 

 こちらが良いと思っても向こうが嫌だとか、その反対であったり、双方が譲り合ったりした結果によるものです。

 

 

■ 看護婦さん

初めてにお見合いをしたお相手は看護婦さん(現在は看護師さん)は全体としてはかなり鮮明に覚えています。歳は二十歳台後半であり、わたしとより一つか二つ年上だったと記憶しています。しかし、紹介者が誰だったか記憶がほぼ完全に欠落しています。

 

 

■ 場所

 会ったのは、京都市の大きな座席数のある喫茶店

 彼女は、紹介者の男性と同行で現れました。一目みて、特別に顔の造作の良し悪しが目立つ人ではないなと思ったと思う。双方の紹介を簡単にして紹介者は、わたしと彼女の顔を交互に見ては、終始ニコニコ顔でありました。

 

暫くして、

『それでは、後はよろしく。じゃあ、また』

と言って、意味ありげな笑みを浮かべて、勘定書きを持って去って行くのを、二人で見送る。レジを終えた彼は、わたしたちの方向を見て、小さく手を挙げました。わたし達は、軽い会釈を返しました。彼を見送りました。

 

 

■ 会話

当たり障りのない仕事の雑談のあと、

『お酒は飲める方なんでしょう』

と問うた。

『ええ、少しは』

と定番だかどうかは知れないが、このようなやり取りをして、本日は飲んで食べるのは、どこが良かろうかと考えを巡らせていました。女性が「少しは」といえば、恐らくは相当行ける口なのに違いない。その結果、わたしは赤い顔でへろへろ、彼女は青い顔をして素面(しらふ)みたいだったら、

『それは、やだなあ』と思いながら。

 

 

■ 有名な串カツ店

有名な串カツ店を知人から紹介を受けていましたので、実を言えば考える程でもなかったのです。そこへは、歩けば十数分で到着出来る距離でした。

 

到着して、コース物を頼み、最初はビール。次に冷酒とわたしの悪いパターンへと進んでいくのに、自分を制し切れません。しかし、初対面で飲みすぎはいけない。

『素面(しらふ)とまではいかないまでも、しっかりしていよう』

とは思うものの、酔った方がわたしは饒舌になるし、彼女もそうであるかも知れない。

 

ところが、冷酒は口当たりが良く

「親の言いつけと冷酒は後で利く」

のことわざ通りの結果になったのです。

 

 

■ 酒を飲むと双方が

アルコールが入り、互いの身の上など話したと思うのですが、思い出そうとすると、そこだけが霧がかかったように不鮮明です。あれから相当の年月が経ったからではなく、その日のうちにそうなったのです。

 

『さあ、次に行きましょう』

『いいですけど、大丈夫ですか』

『お金はあります』

『そうではなくて、、、』

『大丈夫。だいじょうぶー。ヒック』

てな具合で、少しも良くはなかった。どこか夜風に当たった方が良いとは思うのですが。

 

 

■ 次の酒屋で

次に行ったのは、全くの初めての民芸調の店の造りの居酒屋。もうそろそろ限界ではあるのですが、お調子者である悲しさ、

 

『ここ、ここにしましょう。』

縄の暖簾(のれん)をくぐる。

『へい、いらしゃい』

『空いてる?』

『カウンターならあいてま』

彼女を先に座らせる。横に掛ける。

 

それぞれに、飲み物を注文して、わたしは

『ちょっと、録音へ(おといれ)なんちゃって』

と言っても受けもせず。

「もう、今日はうまくいくとはおもえんわい」

と心に失敗の予感がした瞬間でした。

 

トイレへ行くのに、店内から出る時はそれで、なんなく出られたのです。

 

 

■ 戸が開かない

わたしは、その頃になって、冷酒が利き始めて頭は混乱し始めていました。トイレから席に戻ろうとして重そうな戸を、何故だか開き戸(ドア)と思い込んでいました。

何故?

 

 

■ 引き戸と開き戸を間違える

戸が開かないと焦って、ぐいぐいと押しました。

するとどうでしょう。ガタンと音がして、戸が、店内の方向にスローモーションのように倒れていきます。その様子をわたしは、視界が狭まっていく思いをしながら、唖然として見つめるばかりです。

 

倒れた戸はカウンター席に腰かけた三人の男性の頭の後頭部に等しく直撃をして、止まりました。

 

『ちょっと、あんた何しますねん』

店主らしい男性がカウンターから出てきて、戸を引き起こす。わたしに痛いほどの視線が集まるのを感じて、彼女を見ると、真っ赤になってうつむいたまま。

 

 

■ ほうほうの手で

被害の客や店主に丁重に詫びて、ほうほうの手でわたし達は店を出ました。

彼女は何も言いませんでした。

ただ、その後は全く覚えていません。彼女とどのようにして、散会したのか、どんな風にわたしは彼女に詫びたのか、駅まで送って行ったのか、覚えていない、、、

 

後日、紹介者から、今回のお見合いが不成功であったとだけ告げられた。

 

しくじってばかり。

 

道端の動物の死骸

f:id:yukukawa-no-nagare:20201108103258j:plain

狸の画像 アライグマは尾が縞模様なのですぐわかる

画像出典:チェリッシュ

 

家族で車でドライブ中に動物の死骸を見つけました。どうやら車に撥ねられたらしいのです。それは、車の進行方向の道路の端に横たわっており、背中は見えていましたが、顔つきまでは、確認できません。

 

交通量の少ない片側一車線の比較的広い道路で、緩やかなカーブになっているところにあって、動物の視線からすれば、車の発見が遅れたのかも知れない。

 

死骸の少し先に車を止めることが出来る路肩が広いところがあり、それに気づいた娘が、

『止めてー。ちょっと見てくる』

『え、見てくるの?』

『どうしても見てくる』

と主張。そこに停車。

 

彼女は、恐る恐る死骸に近づいて、何度も顔を覗き込んでは、首をかしげて暫く思案していました。それから車の中から振り返っているわたしたちの方に向かって、顔を左右に振って、生きてはいないと告げました。

 

彼女は、死骸に顔の前で手を合わせてから、こんどは走って返って来て、

『多分、お父さんのお友達』

『え、友達、、、』

『ほら、タヌキ』

『こら!』

『でも、血もなく外傷もなかったし、死に顔は眠っているように、穏やかだったよ』

 

様子を聞きほっとしました。ただ、葬ってあげることも出来ないことを詫びて、その場を去るしかありませんでした。

 

酒癖の悪い人

f:id:yukukawa-no-nagare:20201125070356p:plain

画像出典:いらすとや

 

私見ではありますが、酒癖の悪ひとにはいろんなタイプがあって、

 ① 急に怒り出す人 ② 泣き出す人 ③ 同じことを何度も言う人
 ④ 仕事の話をする人

などがいます。

 

そういう人のそばに居たくないのは人情だから、彼の両端や前には誰も座りたがらない。従って、大人数の会食の席などで、どこに座るかを決めるのは酒癖の悪い人の位置を確認してからになります。

 

 更に酒癖とは関係ないが、会社の数ランク上の上司なども、これに準ずる。

 

 

■ どこに彼は

酒癖の悪い人のそばは、おそらく上司の横に座るよりも運が悪いでしょう。上司といっても、二つ三つ上であって、日々指導を授けてくれるような、こちらから引っ付きたいような人ではありません。

 

しかし、人となりを知らずに座った人、あるいは遅れてきた人は、その人の左右か前後のどれかしか、空いていないというような不運な人になってしまうことも少なくない。遅れてきた理由のいかんに拘わらず、事実はそのように不都合になります。

 

 

■ 本人

酒癖の悪い人は、面と向かってそれを非難されることは稀ですから、それが改善したり止んでしまうことはまずありえません。それに、本人もそういう場面を覚えているものかどうかも怪しい。それだから、

 

『だれだれ君、こっちに来たらどう?』

などと、空いてる自分の席を指さして、迷惑もお構いなしに指名したりする。

 

『あ、ありがとうございます。ちょっとお恐れ多いので』

などと言い訳をして、むしろ離れて座ろうと試みます。

 

しかし、酒癖の悪い人も、その時には酔ってはいないので、断固断ることも出来ません。困惑しますね。本人は、自分が敬遠されているとは少しも考えていない節があります。

 

 

■ いつ何時

一方で酒癖の悪い人の周りの人は、口にも表情にも厭な気持は出さず覚悟をしてにこやかに乾杯などが出来る出来た人がいます。酒癖の悪い人も、酔うまでは、ごく普通であったり、逆に借りてきた猫のようにおとなしい人であったりすることが、殆どであるからです。

 

彼が、いつ何時にトラに変身してしまうのかを察知して、他の宴席へと移動するようにすれば、被害はないか少ないと思うのは誰しもで、危険を感じるとビール瓶や徳利を片手に去って行くのは止む得ないでしょう。

 

『いつも世話になっているし、ちょっとお礼の一杯を上げて来よう』

とか

『暇そうだから』

とか聞えよがしに、聞かれもしないのにひとり言を口にしたしてしまうものです。

 

 

 ■ 気が付けば

気が付けば、彼の周りには言いようのない空席が広がっており、そこにつくねんと座していて、何やら辺りを見回してぶつぶつ言うこともあれば、

 

『おい、君ちょっと来て飲まないか』

などの声を掛けたりします。掛けられた方も無視も出来ず、一度は前に座るが、何かの拍子で違う集まりが盛り上がったりすると、それを機にさっといなくなる。

 

 

f:id:yukukawa-no-nagare:20201125071552p:plain

画像出典:ニュースサイトしらべ

 

■ 酒の席で普段が知れる

宴もたけなわになると、もともと居た場所で飲んでいる人は、かなり少なくなり、気の合いそうな人の処に自然と集まってしまうので、普段の付き合いや、気の合いようがわかります。

 

わたしの場合は、やたら陽気になって、騒がしく、酔いが回ってやがて人事不省(じんじふせい)に落ちることに


なることが多いので、敬遠されることが多いのは残念だが、もっともでもある。