わたしが独身の頃、あるサークルに入っていて、そこへ美人の人妻が加入してきた。わたしより数年は若かった。色白で背が高くうりざね顔の美人だった。
その人妻にわたしは惹かれた。
その気持ちが分かったか、そのわたしを見て、同サークルの主催のわたしの恩師が、わたしを不憫に思った、と思う。
サークルの後の飲み会で
『あの女性は人妻だしな。君の姿を見ていると「さざんかの宿」のフレーズを思い出す』
『・・・』
恩師は、黙っているわたしを見て続けた。
『愛しても、愛しても他人の妻・・・』
と小声で歌い、
『いい女は他にもおるから』
と慰めるように諭した。少し悲しそうな口調だった。
わたしは自分の心が見透かされたことで、返す言葉を持たなかった。酒席のせいも有ったろうが、顔が一瞬激しく火照るのを覚えた。恩師の目にはあの時の、わたしの姿がきっと哀れで切なかったのだろう。
その恩師も、数年前に他界なされた。
ふと、ネットで「さざんかの宿」を聞くことがあると、きっと恩師の言葉を思い出す。