聖護院 京極のブログ

天と地の間に新しいことなし(ことわざ)・・・人間の行動は今も昔も変わってはいない

三十年ぶりに合う旧友

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画像出典:国語辞典オンライン

 

過日、30年振りに過去に勤務していた会社の当時の同期入社の一人から電話がありました。その声を聴いた時直ぐに、その同期が誰であるかが分かりました。同期の中で一番仲がよかったから。

わたしは、僅か入社三年で退社して、それ以降は一度として会うことはありませんでした。退社してからの、目指す道に格闘する日々で、会社での人間関係をすっかり忘却していました。

 

『木村だけど、久しぶり。会いませんか』

と、単刀直入に誘いがあって、わたしは無論、即座に了解しました。電話口では到底聞き及べない程の量の尋ねてみたいことがありました。

時間と場所を決めてその場は、数分のうちに受話器を置いた。

 

 

■ 別人の様

待ち合わせは、飲食店が大方を占める雑居ビルの前で、新型の感染症を恐れて五時としました。わたしは、早く到着しすぎて辺りを当てもなくうろついて時間をやり過ごしました。その間にも、会おうとしている同期の木村君はどのように変わっているだろうか、と想像を巡らせていました。

 

『ひげを生やしている。口ひげと顎鬚、それに帽子を被っているからすぐわかる』

と電話口で木村君は、わたしが見つけられないといけないからと、その日の彼の容姿教えてくれたのでした。

 

 

わたしは、待ち合わせの時間の少し前に待ち合わせの場所に行くと、背後から声を掛けられました。

『お、○〇君(わたしのこと)かあ?』

振り返ると、確かに電話で教えられた風貌の小柄な男性が立っていました。

『おお、木村君か!久しぶり』

 

彼がこれ程に小柄である事が意外でした。わたしも小柄ではあるものの、殆ど同じくらいの上背があると思い込んでいたのです。まさか、年月を経て縮む筈もありません。

 

『さっき、僕の前をさっさと通り過ぎたよ』

木村君は、メガネの奥で目を細めて笑いました。

『え、そうなの。気が付かなかったなあ。それに、マスクをしているから、髭がみえなかった』

実際、口ひげも顎鬚もマスクに殆どが隠れています。ただ、顎鬚だけがマスクから申し訳程度にはみ出ている。帽子のことは忘れていました。

 

 

■ 聞きたいこと

わたし達は、待ち合わせたビルの中にある焼き鳥店に入りました。

それから、互いにその後の話を途切れ途切れに話しました。余りにも聞きたい多くの事が有り過ぎて、その糸口として、所々をほつれた糸を摘まむように、脈絡なく思うがままに話会いました。

わたしは、入社して研修の後大阪支店に配属になり、木村君は本社に残る形で、在籍時から、研修終了後は交流は全くありませんでした。

 

わたしは、彼に聞きたいことを寝間の中で考えて来ていました。

それは、わたしが退職する前にいた最後の職場となった大阪支店に居た頃の支店の中の人々のその後の事でした。わたしの学校の先輩もわたしを可愛がってくれましたし、15、6人の明るい支店の人達の、そのひとり一人のその後が気になっていたのです。

 

 

■ 殆どの人達が

その人たちのたった一人を除いて、皆が他界していました。

『高橋次長は?』

わたしは、支店長の次の役職にあった人の名を上げました。何故、支店長については尋ねなかったのかと言えば、当時相当の高齢であったから、今更に聞くまでも無いと考えたからです。

 

『高橋さんは死んだよ』

『じゃあ、野間さんは?』

わたしは、一番気になっていた先輩の名を出しました。何かと目をかけてくれていたからです。

 

『野間さんは、中国市場の開拓のために渡って、数年で肺がんで死んだ』

『え、死んだ』

二の句が付けません。

『いつ頃?』

『うーん何時だったかな。だいぶ以前』

 

また、西川という一つ上の同僚も一つ下の奥田君もとっくに他界したと知らされました。尋ねる人の内一人を除いて、だれも生き残っていない、、、

『じゃあ、殆どの人が死んだのか?なんてこったい。大阪支店は大阪死店だな』

木村君は苦笑した。

 

わたしは、木村君の事も聞きました。細君は、13年前に他界して、来年は法事をすると明るく笑った。年賀状のやり取りは有って、細君が亡くなったことも勿論知っておりました。しかし、それをわたしから話題には出来ません。

 

『一人でもさみしくないし、水泳や古都を巡礼したりして楽しくやっているよ』

『僕は、こうして今でも生きながらえていて、まだ生きていなさいと神様が言って下さるのだから、妻の分も、これからも精いっぱい生きることにしている。幸せ者ですよ。僕は』

 

『そうだな、、、』

わたしは、彼のその後の今日までの生きざまを、ぽつりぽつりと問わず語りに話す木村君が、何か諦念(あきらめの心)を持って人生を達観したように眩しく思えました。

 

 

 

■ 来年三月

わたし達はその後も、様々な話を行きつ戻りつしながら声が枯れてくる位に話した。それは、楽しくもあり、また人生の残酷な走馬灯を見るようでもありました。

 

残されている人生の方が来し方よりかなり短いと思える歳に有って、懐かしいような、寂しいような気持ちをずっと感じていました。

 

感染症の事もあり、わたし達は来年の春三月に再会を約して、待ち合わせた場所で別れました。わたしは、木村くんの後ろ姿が見えなくなるまで見送りましたが、一度も振り返ることもなく、強い風に歯向かうように前のめりに人ごみの中に消えてしまいました。

 

「強いな木村君は」

わたしは、ひとり心の中でつぶやいて、駅に向かった。