家族で遠出をする機会がありました。8月に入ってからの事です。道が混むのを恐れて、早めに出発としました。早めといっても午前3時前の事でした。夜が明けるには、少し間があります。
■ 田舎道
田舎道に差し掛かったのは40分くらいした頃でしたでしょうか。
娘が、助手席から空を見上げて、
『わあ、星がきれい』
と歓声を上げました。こういう田舎ならさも有りなんとわたしは思い、車を停めることもなく走り続けました。娘は、満天の夜空を知らない。
『お父さんが子供の頃の夏の空は、まるで星が降ってくるように綺麗だった』
とわたしはいい、そのまま子供の頃を思い返していました。
■ 蛍狩り
子供の頃のわたしたちには、これといって娯楽がある訳でもありません。薄暗い裸電球の下であまりにも映りが悪いテレビに閉口して、夜には蛍狩りをすることも多かった。
外に出ると空には、満天が広がり無数の星が煌めいています。それを見上げていますと、何か吸い込まれていく錯覚に陥るのでした。
村道に出ると、
『ホーホーホタル来い。そっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ』
と口々に叫びながら無心に、菜種の取り柄を竹に括り付けて、振り回します。未舗装の道が仄かに白じんで、白い大蛇のように曲がりくねって続いています。道の縁から広がる空間は、濃厚な深い黒みがかった田が広がっています。
その上を、蛍は黄色い尾灯を点滅させながら飛び交っています。それは実に夥しい数であり、幻想的でありました。わたしの足元の道にもたゆたいながら飛んで来たホタルを、すかさずに捕らえるのです。
捕り集めたホタルをどうしようという訳でもありません。
夜が明けるまでの、ほんの心の慰めに過ぎません。夜が明ければ草叢にそっと返して置くのが常でした。ほんのわずかしかない命を、慰めのためにいつまでも囲うことを良しとしなかったのかも知れません。
■ 今でも
今でも、わたしの故郷の夏の夜空はわたしの子供の頃と違わず綺麗でありましょう。そして今でも、蛍が飛び交っているでしょうか。