聖護院 京極のブログ

天と地の間に新しいことなし(ことわざ)・・・人間の行動は今も昔も変わってはいない

買い物に付き合う、に思う

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わたしのブログとかなり関係あります

画像出典:工場直売ハオ

 

日々の生活用品、特に食品の買い物となると、一家の主婦の主導権の元、髭を生やしたむつけき亭主が、金魚のフンのように付いて回る。

 

こういう構図がかなりの確率で見かけるスーパーの食品売り場での光景であります。

 

翻って我が家はどうだろうか。無論、先に書いたようなもので大きな違いはない。人から見れば、仲睦まじくて良さげだろうけれど、そうでもない。妻はどう思っているのかはわからない。

 

わたしがいても嫌そうでもないが、いなくても寂しそうでもない。ただ買い物を楽しんでいるのかも知れない。けれど、人ごみの中を付いて歩くのだけでも、わたしは疲れてしまう。

 

 

■ 車で待っている

買い物がすぐ済むと言うなら、大抵の場合、一度も降りることなくスーパーの駐車場に停めた自分の車で待っている。退屈にならないように、本や雑誌、府や市の発行のチラシなども持っていく。

 

妻が数品のみ買うのに「引っ付き虫」みたいにはなりたくないし、第一、面倒でもある。

 

『車で待っとるわー』

という時はそういう時である。しかし、数品で買う筈のところが一向に戻ってこないという場合も少なくない。持って来た本や雑誌にも飽き、チラシも裏表を右上から左下までの隅々まで見て、次にはスマホもいじる。それでも一向に戻ってこない。

 

 

■ 車に戻らない

「ははあ、本格的に買い物しとるなあ」

と思う。ここで、じっとしているのも難儀なので、様子を見に行ってもいいし、電話をかけても問題なかろうと思う。しかし、買い物を中断してしまわせると、妻はその日中、非常に機嫌が悪い。これまでの経験するところである。

 

 

■ どんな買い物をしている?

妻の買い物は、

「今夜はこんな献立で作ろう」

という、レシピは全くない。そのための買い物も余程の時以外はない。例えば、娘が

『今夜は鍋がいい』

とか、

 

わたしが『刺身で一杯やれたら言うことなし』

などの具体的なことを、そうした事例が、最近に殆どないという時のタイミングで言えば、まれに通ることがある。

 

しかし、買い物は基本的には、特売の物だけを買っている様子。買い物かごを覗いても、そこから今夜の献立を想像することは、全くの不可能です。

 

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チラシに赤丸が付けて買い物

 

■ 買い物時間が長い

運転手として、あるいは、荷物運びの要員などで一緒に買い物するに付き合うことがあると、後から来た人は、わたしたちが未だ買い物半ば辺りであるのに、もうレジに並んでいる。

 

それを見るにつけ随分と彼女の買い物は長いなあ、と思う。

 

やっと、レジの近くまで来たので、いよいよお仕舞かと思っていると、ふっと姿が見えなくなって

「どこに行った?」

行方を追ってみると、いつも最初に見始める野菜売り場にいるではないですか、、、

 

双六(すごろく)ではないのだから、原点に戻るは本当にやめて欲しい、と言いたいのを我慢して、また、車に戻る。

 

 

 

 

 

自販機のおしるこ攻略法

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画像出典:Wikipedia

 

関西では、「おしるこ」と「ぜんざい」 とは明確に区別があります。同じ餅が入っていても「おしるこ」は漉(こし)あんであり、「ぜんざい」は粒あんでなければなりません。関東ではどちらであっても「おしるこ」と呼ぶようですね。

 

固いことを言わなくても、同じものから出来ているのだからと、適当人間なわたしは思ってしまう。これでも生粋の関西人だけれども。

 

 

■ 甘辛とも好き

辛いものがわたしは好きである。こう言っても胡椒や洋からし、唐辛子などの類の辛さではない。塩辛い、醤油辛いの味付けの辛いものです。その半面において、甘いものも同程度に好きという両党の嗜好。

 

大阪の心斎橋という繁華街の一角にかつて「甘党」の専門店がありました。喫茶店のようなところがあって、会社に入社した頃に一人で入って、「ぜんざい」を食べていたら、周囲の女性から好奇の視線が集まったことがあります。随分と前のことです。今は、女性の視線は歓迎できるし、どうってことはありませんが。

 

甘辛とも過ぎると、体によろしくはないと知ってはいる。が、人は体に悪いと言われるものが、大方の人たちが好物であるものでもある。

 

 

■ 自販機のおしるこ

ぜんざいは正月以外には、滅多に食べないけれども、自販機のおしるこなら、冬を通して売られていることが多いので、つい買ってしまう。

『そんな甘いものは、糖尿になるよ』

とか

『太るよ』などの

注意されれることも多いけれど、わたしは合法的に計算された身長から体重では、その値は平均通りで、太りもしていなし、逆もない。

 

 

 ■ どこのおしるこがおいしいか

どこのメーカーのおしるこがおいしいかは、好みの問題なので、安易に判断できない。また、しない方がいいだろう。ただ、個人的に言えばほぼ決まっているので、大抵はそれを買うけれど、それがないが飲みたいときは、他のメーカーのも買いますね。

 

どのメーカーであっても、おしるこが入って居る缶は円柱で、細いか太目であるかのさであろう。甘いものが好きだが、ほんの少し飲めたらいい、という人のために少し缶が短いものもある。

 

 

 ■ 缶に粒が残る! どう攻略するか?

 缶に入ったおしるこが粒あんである場合、下手に飲むと粒あんが最後に幾つか残ってしまうことが殆どです。勿体ないというより、残してしまった迂闊さや無念さが残るのはわたしだけではないでしょう。

 

そこで、缶の中を片目で睨んで対策を講じる。それらは、こうなります。

 

① 缶を吸う、もしくは吹いてみる

② 振ったり、叩いたりして飲み口まで寄せる

③ 指や爪楊枝で摘まんで食べる

④ 舌を差し入れ引き寄せて食らう

⑤ 残り少なくなったら、中の粒あんの残った汁を缶操作で横回転させ、頃合いを見て一気に飲んでしまう。

 

などがある。なお、どれにも利用上の注意が必要です。

① は下手をすると、唇の上に小豆が乗ってしまうことがあるから、要注意。

 

② はある程度の汁の残量がある時が効果的だが、飲み口に近づけて過ぎて、汁を衣服にかけてしまうことがあるので注意。

 

③ 指は、指自身が汚れている時や、指が汁で濡れてしまうリスクは大きい。爪楊枝は運よくあることが少ないので常時用意した方がよい。

 

④ 舌を缶の縁で切ることがある。すると、治療方法が直ぐにはないので、もしこの手を使うなら、リップを持っている方がよい。他の時にも使える。

 

 ⑤の場合は、最後は一気飲みになるので、缶の中に残ることのリスクは下げられる。しかし、ゆっくりと甘さを堪能する機会が失われる。かつ、まだ缶が熱い時には、口や喉を傷めることになるかも知れない。

 

①から④までには、大抵が失敗して、イソップ童話のキツネのように、

 

『もともと残こるような仕掛けなのだ』

と合理化してしまうのが落ちとなる。

 

 

 

買い替え時かな(冷蔵庫)

 

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貼り紙の多さおそるべし


新築の戸建て分譲住宅を買って18年。入居と同時に、家電製品も同様にと総てを新しいものしました。しかし、12-3年を迎える頃から、この家電類にも不調が目立つようになりました。

 

■ 冷蔵庫

大手重電メーカーの家電製品で、平たい取っ手の一部分を軽く触るとポンと反発して、手で引くことをせずとも開くのでとても重宝してるのが、今使っている冷蔵庫。要するにドアの取っ手を持っていちいち開かなくても良いのです。

 

 

■ 異変

ところが、春のある日異変が起きました。

朝起きて見ると、ドアが半開きになっているではありませんか。

 

ちゃんと閉めなかったからなのだろうか。しかし、閉める時はドアを軽く押すとゆるやかに閉まって、閉まった後は磁石のように、本体に吸着する。だから、そんな筈は無かろう。

いろいろ、家族で思い返しても、それまでの経験から、あり得ないとしか結論に至らない。

 

 

■ 検証

実際に検証してみました。ずっと張り付いているわけには行きませんので開くときそのものは確認できませんでした。5時間後に気が付くと又しても半開きになっていました。

 

 テープで開かないようにするとか、強力なマグネットで本体と扉を繋ぐとかの案も家族で出ました。それも、利用時にはかなり面倒なもので、最良案は浮かびません。

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冷蔵庫のドアが勝手に開くのを止めるストッパー(市販品)

画像出典:だいどこ専科

同じ悩みの人は、世の中には必ずいるものです。ネットでは、上記のような「はがせる冷蔵庫ドアストッパー」というものが市販されていてそれを、利用している人がいました。一考です。

 

 

■ ドアは復旧

ドアが勝手に開くのだけは何とか治せまいか、とは思うのですが、電気に関しては全くの無知。もしかしたらと当てずっぽうに、タッチをするとポンと扉が開く部分に潤滑スプレーをしてみました。

 それが良かったのか、以来、一人で扉が開くことはなくなりました。

 

『そろそろ、買い替えの時期なんじゃない?』

と妻は、わたしが恐れていたひとことを呟くようにつぶやきます。

 

 

■ 先立つもの

それは、わたしとて同じ思いではあるのです。けれど、そのお金の出どころに難がある。ほぼ、自転車操業状態のわたしの家の家計。高額品の購入は、自転車に急ブレーキを掛けるのに相違ありません。

 

それで、わたしは妻に

 

『先立つ不孝をお許し下さいだ』

『何!それ』

『いやいや、先立つお金か』

と暗に、買い替えが不可能であることを言い間違えで笑いを取ろうとして失敗。

 

 

■ 野菜が凍る

ドアが勝手に開くのが解決しても、問題はほかにもある。

野菜室が冷蔵庫下部の引き出しにあるが、そこに入り切らない時や、サラダが食べきれずにタッパに保存することもあるます。最近は、一般の食べ物の保存室なのに、入れた野菜が凍結して、色が変色することが再三あります。

 

夏や冬用の切り替えスイッチをいじっても、まるでその効果はありません。

 

 

■ 冷蔵庫のドア周辺が熱い

更に、扉の横の冷蔵庫の扉の枠が最近熱を持つようになりました。以前ホットプレートも枠が熱くなり、手が付けられない程に至り、使用を残念した経緯があります。同じことが冷蔵庫でも起きているのかも知れません。

 

就寝中にそこから失火して、わたしたち家族が天国に行かねばならなくなるのは、ちょっと早いのでこれは、早晩買い換えないといけないのかもと思うとつらい。

 

 

■ 同時に電化製品を買ってはいけない

 ここで、教訓です。電化製品を一度に買い替えたり、新たに一斉に買ったりしてはいけないということです。更新期が殆ど同時期になる可能性があります。

 

 

 

卵かけご飯

 

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たまごかけご飯の例

画像出典:kikkoman.co.jp


たまごかけご飯は日本独自の文化で、1870年代に有名な従軍記者の一人が始めたといわれています。その後は、卵の入手が困難な時代に入り下火になったが、昭和30年ころから再び増勢となり今日では、幅広い年代から受け入れられています。

 

 

■ たまごかけご飯の作り方

たまごかけご飯の作にり方は、いろいろとアレンジする人もいる。が、基本はご飯茶碗にご飯を盛り、その上に生卵と醤油をかけていただく形になろうかと思います。普段使用の醤油の他にも専用の醤油や麺つゆを掛けてもおいしいようです。

 

かけた生卵と醤油などは部分的に混ぜながら食べるのがよいのか、それとも、全部を混ぜ終わってから食べるのが美味しいのか、また、醤油は多い目がおいしいかは個人の好みでしょうか。

 

人によっては、何が何でも熱々(あつあつ)のご飯でなければ嫌だという人、冷や飯でないなら構わないという人など色々であろう。まあ、それらも好みの問題でしょうね。

 

 

■ ご飯があと

何が何でも熱々(あつあつ)のご飯がなければ、たまごかけご飯は食べたくない一人がわたし。熱々のご飯で白味がが半熟のようになる位の熱さを良しとしている。冷や飯しかない時で、かつ、たまごかけご飯がどうしても食べたいという欲求を抑え切れない時は、ご飯を電子レンジで熱々に加熱したものとしています。

 

 

■ たまごが先

また、わたしは一般的である、ご飯の上に生卵をかけるというのではありません。まずご飯茶碗に生卵を落とす。その上に醤油をかけてよく混ぜ合わす。混ぜた箸を持ってして味付けが良いと確認して、ここで初めて熱々のご飯をかけ、よく混ぜながら頂くことにしています。

 

 

■ 個性的

従って、一般的な卵かけご飯のスタイルではないのです。順序が逆なので、いわば「ご飯かけ卵」と言うべきなのかも知れない。よく言えば「個性的」、悪く言えば「変子(へんこ)」になるのかも知れません。そのつくり方を、誰かに説明すれば

 

『そういう場合でも卵かけご飯といえばよいのではないか』

とか、説明を聞いてから、ウンウンと考えてから、

『その手順は、大間違いである』

などのよくわからない指摘を受けたりもする。

 

あるいは、

『ご飯を盛る時に、下手をして溶きたまごが、茶碗からとびださないのかい?』

とも心配される。

 

しかし、わたしはこの食べ方に一度も失敗したこともないし、違和感を持たない。生卵をご飯にかける時に、窪みが掘ってあっても誤って目的とは違う位置に投下したり、割れた殻が一緒に落ちたりすることもあるだろう。

 

その時に取り出すのにも四苦八苦して、そうこうしている内に、熱々ご飯が冷めたりする恐れもかなりある。取りそこなった殻が、口に入って「ジャリジャリ」するのもいやでなもんですしね。

 

一番いいのは、別の碗に生卵を落として熱々ご飯の上に落とせばよいのだろうけれど、その碗を妻が食後に洗う手間を考えると、このやり方は一家の一員として取るべき手順ではないでしょう。

 

 

■ 家族は

このわたしの食べ方は、家族の内でもわたし固有のもので孤立しています。誰もまねようとしないから、そう美味しそうには見えないのかも知れない。

 

 

■ 外国の人

テレビであったかネット動画であったか思い出せないが、フランスの中年の女性が、たまごかけご飯の様子を見て、

 

『黄身の部分は(ご飯にかけても)いいかもしれない。しかし、白味が固まらないでそのままだと、なんだか洟(はな)を啜(すす)るようで厭だ』

という風な主旨でインタビューに答えているのを見たことがあります。

 

確かに、

『それはあるな。その指摘の感じは確かにいえる』

と同意するしかない。

 

 

思い違い

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わたしの財布

 

ここに置いた筈の物が、何故かない。

 

そういう経験は誰にだってある。その結果には、勘違いであったというものも少なくはありません。しかし、誰しも自分を信じたがるもので、自分がどこかで紛失した、違うところに置いたのかも知れない、置いたと思うところに置かなかったかも知れないとは少しも疑わない。

 

それで、自然と自分以外に目が向く。誰かが持って行った、正確に言うなら盗まれたと。

 

それで大騒ぎをしてしまう。よく考えたらいいものを、なくなったものが、高価なものであったり、お金の額は知れているが、カードが一杯に入っている財布であったりすると、気が動転して思考が中断するらしのです。

 

しかし、こういう思い込みは、後日顔を赤らめねばならなくなることも少なくありません。

 

 

■ 財布を置き忘れる

買い物に車で出ました。買い物の場合、大抵は妻が一緒にいた方が都合がよい。財務省である妻がいないと、立て替え支払いや、使用用途の抗議により代金の回収不能となるケースが多い上に、レジに並ぶのもいやだから。

 

しかし、わたし自身しか利用も嗜好(しこう)もないものは、一人で出かけて行って、自らの虎の子を使う。

 

この間がそうでした。

 

店について、持って出た財布を車のボンネットに置いたまま、店で買い物をし、レジに並んで、そのことに気が付いた。急いで、買うはずの物を棚に返して、車まで戻る。しかし、そこに財布はない。どうしてそんなところに置いたのか?それが自分でもわからない。

 

 

■ 記憶をたどる

記憶をたどってみるが、気が動転しているのか、ボンネットに置いたとする記憶もだんだん怪しくなって、本当に置いたまま車を離れたのかも怪しくなってました。

 

『盗まれた?どうしよう』

と思いが先走って、車を降りたところまでは、明快に記憶をたどれる。店に入って買い物したこと、レジに並んだところ、気が付いて車に戻った今、これらは皆、映画のシーンの再生のように鮮明な記憶なのに、車に財布を置いたところだけが、抜け落ちているのです。

 

 

 

■ 我が家にて

動転したまま、10分ほどの我が家に帰り、あちこちを探し回る。

 

家族は、わたしの様子を怪訝そうに見ていて

『どうしたん?』

『なにさがしてんの?』

 

わたしはもしかしたら、その問いに答える前に、発見出来るかも知れないと思うから、応えない。

 

『おかしいな、そんな筈ないのに。車を降りて、あそこに置いたから、、、』

探しながらも記憶をたどりますが埒があきせん。

『あれえー、盗まれたのかもな。エライこっちゃがな』

 

「ははあ、このおやじ何かなくしよったな」と思ったかどうか知れませんが、

『忘れ物したんかいな。何?』

と娘。

 

 

白状しました。

 

『何でそんなとこにおくのん?ちゃんと持っておかんと』

と妻はなじり、娘はテキパキと店に問い合わせて、店には無いと確認。妻は車の中をゴソゴソと大捜索にと及びました。

 

 

■ 財布見つかる

財布は車の運転席と助手席の間のゴミゴミとした場所から発見されました。

『ここにあるがな、よう見てみんかい』

とボロクソ。

 

財布を持って車を降りた、ボンネットに置いたというのは、わたしの記憶違いだったのです。いくら記憶を再生しても、そこは元よりあり得ないコマであって、欠けていた訳ではありませんでした。

 

それでも、わたしは

『おかしいな、そんなことはない』

とか、

『ボンネットに確かに置いた、おかしいな、おかしいな、、、』

 

すると娘が付き合いきれんといった顔で

『おかしかったら、笑えよ』

 

 

 

米国大統領選挙について

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画像出典:business-nikkei.com

 

日本国内のネットでのトランプ氏の支持は非常に高かった。わたしもトランプ氏の勝利を望む一人でした。それは、中国の台湾や尖閣への野望を阻止できる人物だと思うからです。

下馬評ではバイデン氏の優位は歴然としていたので、トランプ氏はむしろ善戦したともいえるのですが、トランプ氏陣営ではまだ負けを認めていません。

 

それは、郵便投票で不正があったというものです。日本でも郵便投票は極一部を除いて認められていない。認められている場合でも、非常に厳密な手続きを行ってからであり、トランプ氏が、投票前から郵便による投票に反対の主張は、正鵠(せいこく)を得ているだろう。

 

 

■ 今後

今後は、トランプ陣営は裁判を行い州裁判所から最高裁まで提訴に及ぶ姿勢ですので、そこで不正や郵便投票実施の是非の判断が下ることになるでしょう。

 

最高裁の判事は定員9人。そのうち共和党もしくはトランプ陣営に近い人物は5人とされています。5人がトランプ陣営の主張に忖度(そんたく)することが出来るなら、不正が行われた決定的な証拠を提出しなければならない。

 

アメリカメディアは、トランプ氏が「証拠を示さないまま、裁判に訴えている」と非難報道を行っていますが、トランプ陣営が今それを示せば、バイデン氏陣営がもみ消しに係るのを恐れているからでしょう。

 

 

■ もし

もし、最高裁がトランプ陣営の主張を認めることになったらどうなるのでしょう。これには、バイデン氏側も黙っているわけには行かず。全米で暴動や抗議デモが頻発する事態になり、社会は不安定化するしかありません。

 

 

■ バイデン氏が大統領に

バイデン氏が、正式に大統領と承認に至る場合はどうなるのでしょう。最高裁のトランプ陣営側寄りの一人以上が、バイデン陣営の主張もしくは、反トランプ陣営側につく、いわゆる寝返りが起きた場合、トランプ陣営の敗北は決定します。

 

 

■ 民主党政権

民主党政権が誕生し、国政の運営をバイデン氏が切り盛りすることになりますが、議会はねじれています。下院は民主党、上院は共和党が優勢です。この場合、上院で優勢な共和党の攻勢にあって、バイデン氏がその目指すところを十分に遂行できなくなる可能性があります。

 

上院は、外交や人事での強い権限を有しています。共和党はそこで、バイデン氏の外交政策や組閣の人事で民主党の左派色の人物を拒否する可能性は非常に高いと思われます。オバマ大統領の時でもそれは同じ状態でした。

 

そうなると、バイデン氏の政策はあちこちで行き詰まり、ほころびが出ることになりそうです。それこそが、共和党の挽回策となるでしょう。

 

 

■ 共和党の怨念

今回のように、最高裁でトランプ陣営の主張が認められずに、選挙不正の主張が認められずにバイデン陣営の勝利が確定した場合、バイデン政権下での政策つぶしの共和党攻勢は、オバマ大統領時のそれとは、比較にならない位に熾烈(しれつ)であろうと思います。今回の選挙の混乱は、民主党への怨念となるでしょうから。

 

 

■ バイデン氏の疑惑

今回、バイデン氏自身の中国やウクライナ疑惑が持ち上がっています。トランプ氏との討論会では、それらに対して否定はしました。しかし、潔白が証明された訳ではありません。これも、バイデン氏が攻勢を受けるネタとなりそうです。

 

それがあるので共和党は、トランプ氏には今は潔く引いてもらいたいと思っているかも知れませんね。

 

バイデン氏は、トランプ氏のように中国に対して強硬発言はしています。しかし、バイデン氏は政経分離政策をとるでしょうから、中国はそこに活路を見出し、再び経済攻勢をかけてくることもあり得ます。

 

それを共和党が潰しに係るネタには困らないわけですよね。

 

 

■ バイデン政権が中間選挙まで持つか?

仮にバイデン政権が始まっても、述べてきたように、共和党の攻勢に国政が思うに任せない場合、民主党の支持者が同政権に失望し、離反することは有り得ることです。その時、中間選挙で下院も共和党が握ることになれば、同政権が破綻する可能性は十分いあります。

 

 

いずれにしても、トランプ、バイデン両者とも経済に対しては、大規模な財政出動を唱えており、大きな落ち込みの下支えは可能でしょう。が、政治は混迷間違いなしでしょう。

 

 

■ アメリカの新型コロナウィルス

アメリカの大統領選挙の他にも両院選挙も行われました。その選挙運動が新型コロナウィルスの第二波に及ぼす影響は多大であったでしょう。現在、一日の感染者数がなんと、13万人を更新しています。選挙が無事に終わり、政局がある程度平穏になるまでは、どうなるかは予断出来ません。

 

バイデン氏はトランプ氏の新コロナウィルス対策を非難しました。どのような対策でこれを静めることが可能でしょうか。所詮、これらはまずは個人の意識次第であろうかと思うのですが。

 

焼き芋屋さんが通る

 

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画像出典:242ストローク


先日、わたしの町内に、今年春以降、始めてと思われる焼き芋屋さんが現れました。ここ数年前から寒さが増すと頻繁に通るのだが、買う人はわたしの見るところでは、お隣さんの二人の小学生の少女がいる家だけの様子。

 

わたしも、一度買ったことがあります。その焼き芋屋さんが今に通る人物と同じかどうかはわからない。しかし買ってみて、こちらが思っている程の「ホッカホカ」でもなかった。その上、それが原因かは分からないが、そう旨いとも思えなかった。

 

それからは、焼き芋屋さんが通っても、声をかけようとはしていない。もとより、わたしは少しも食べたいとは想いません。少年の頃に嫌という程に食べてきたから。ただ、妻子はほっかほっかなら食べたがる。

 

 

■ リヤカー

そういえば、わたしが買った記憶のある焼き芋屋さんは、リヤカーの屋台を引いていた。闇夜に盛んに白い湯気が立上がらせながら、同時にその金属の筒から出る高い音。薄着の男性が、辺りを探るようにしながらやってきたものでした。

『焼き芋~ 石焼き芋~』

と間を取りながら繰り返して通りを流します。すると、何軒かが買いに出る、情緒があってなかなかの人気。

 

それは、かなり遠くから聞こえだしながら、なかなか近くにまで来ない。途中で捕まったのかも知れない。それでも掛け声が段々と大きくなってくる。

 

わたしの前を通り過ぎようとする頃には少し煩(うるさ)いくらい。その少し前に、家の前に出て行けば、十分な余裕で彼のリヤカーを止めることができたのです。

 

 

■ 経自動車

それが、今は見かけるのは軽自動車が屋台での販売。遠くに聞こえたからと、玄関に立っても、あっという間にこちらに迫り、玄関の戸を開ける頃には既に通り過ぎている、といった塩梅なのです。

 

情緒もなければ時間もない。なんと忙(せわ)しない!

 

しかも彼の車からはあののんびりとして、長く尾を引くような声はない。

『焼き芋~ 石焼き芋~』と「石焼」が一回の掛け声一度は付く筈のことばが、今のは、

 

『焼き芋!』

と一回きり。何か怒っているように、そうでなければ吐き捨てるような男性の声がレコーダーから等間隔で流れて来ます。それも情緒がないと思う。

 

 

『あんなスピードで回って、よく買ってくれる人がいるなあ』

とわたしが言い

『ほんとに、あれじゃ余程早く出ないと捕まらない。年寄りなら更に無理』

と妻が答える。

 

 

■ お隣さん

しかし、絶妙のタイミングであったのでしょうか。ある日、お隣さんはうまい具合に焼き芋屋の車を止めることが出来ました。そして、推測ですがいくつかを買ったようです。

 

『ヘーイ、まいど~』

という声がして、窓から覗くと車は既に去り行くところでした。

 

以来、焼き芋屋さんはわたしの家の前より少し前に来ると、ガクンと急にスピードを落とし、わたしの家の前では殆ど止まるくらい。

 

すると、お隣さんから複数人の勢いよく階段を駆け下りる音がして、奥方と二人の姉妹が彼の元に駆け参じるという、いわば条件反射の行動が双方に生まれ、かつ固い絆が構築されているのです。

 

『頻繁に来るけど、お隣さんも今日は芋を食べたくない日だってあるだろうに』

と思う。

 

しかし、他に誰も買ってはいないようだし、焼き芋屋さんもお隣の前では、徐行している、いや、もしかしたら停車しているかも知れないから、そうなら、食べたくなくても買って上げるしかないだろう。

 

 今日も焼き芋屋さんは来て、お隣に売り、そしてまた、旋風(つむじかぜ)のように去って行ったのがわかると、

 

わたしはどうしても「ニヤリ」としてしまう。

源八坂(げんぱちざか)

 

 

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そのものずばりではありません。もっと生い茂っていました


「源八坂」と書くと、あるいは有名な歴史上のある坂の名称なのか、と思われるかも知れない。実はそうではありません。この坂は、名も知れない寒村のわたしの少年の頃の思い出に地にあります。

 

 

■ その位置は

長く張り出している尾根がそこだけくびれるように低くなっていて、そこを越えると、同じ村の名でありながら谷が違えば、こうも知らない家が多いのか思えるほどの別の暮らしの世界がありました。

 

その谷にわたしの同級生も幾人もいましたが、学校以外では、殆ど行き来がなかったのも、この山長く続く尾根の阻(はば)みがあったからでした。

 

このくびれた尾根に続く坂道を、村人は「源八坂(げんぱちざか)」と呼んでいたのです。ここを超えていけば、違う谷への距離としては半減以下となる。したがって、利用する人は少なくはなかったけれども、決して緩くない坂でした。

 

若い人でも息を切らして上らねばならず、老人でなくとも余程の用がなければ使いたくない道でもありました。

 

 

■ 源八坂の両側

坂の片側は、坂の上に行くに従い小さくなる幾つもの段々畑があり、農作物が多種多様に耕作されていました。作業には、多くの老人も来てはいたのです。そこに至るまでの坂の苦労は多かったことでしょう。

 

反対側は直ぐに山肌で、源八坂はこの山の裾を切り取ってつられたもので、ようやくのことで荷車がすれ違える程度の広さであったと記憶しています。

 

 

■ 冬場の雪滑り場

ここが、村の子供たちの雪滑り場となっていました。坂の向こうの中学生までの多くが、凍てつく寒さの中で、それぞれが自慢の橇(そり)を自作して滑る速さや長さを競ったものでした。

 

凍てつけば速さも出せるとあって、前日に雪をかき集めたり、水を打ったりするものも現れて、その上を橇で滑る速さは子供ながらに恐怖を感ずるほど。

 

『ホンマ、京極の兄貴はええ橇(そり)つくるわな』

『そうやな、どこがわしらと違うんかいな』

兄の橇は、有名でしたね。

 

 

■ 橇(そり)競争

わたしは、寒いのが苦手なので時々それらを見に行く程度でした。兄が工作が器用で、自作の橇(そり)で、一番の滑りの距離保持者となってからは、わたしも俄然として、目覚めて橇づくりを始めました。しかし、こういうモノづくりには、向き不向きがあり、わたしは後者でした。

 

橇は、数センチの板二枚の片端に角度をつけて切り落とし、その下に青竹を張り付ける。この時、青竹を角度を取った部分に沿わすように曲げるのが一番の難所。七輪の火に青竹をかざし、頃を見計らって「えい!」と曲げます。

 

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イメージです 橇の両板の下に竹を張り付けたものでした

画像出典:福井市正倉

その板を子供の尻が乗る程度の間隔を取り板を張れば一応完成です。滑り終えた後、坂上に戻るための縄も付けました。

 

 

■ 中止に追い込まれる

雪を踏み固めたり、速さを付ける為に寒い日の夕方に水を打ったりして、橇競争が昂じたことが、大人たちの激昂を買う結果となり、源八坂が使用禁止に至ったのは、今から思えば当然だったとも言えるでしょう。しかし、、他に娯楽がない村におもちゃを取り上げられたように意気消沈した記憶が鮮明です。

 

 

■ あれから何十年後

何十年後のつい先ごろ、帰郷時に一人「源八坂」へ行ってみようと思い立ちました。村道から20メートルも入ると、胸ほどもある雑草とその上に覆いかぶさるような雑木が行く手を阻み、畑はわずかに段差が感じられる程度まで荒れ放題。

 

もはや、当時の面影はすでになく、茫然とただ見守るのみでした。まるで、昔の溌溂とした同級生が老人になったのを見るような気がしていました。

 

 

 

秋「ふかし々 芋」

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画像出典:Cookpad

 

家族とよく出かける先に「農産物販売所」があります。JA(農業協同組合)主体の経営ですので、季節にあった野菜が多く売られており、スーパーマーケットのように、季節を外れた野菜はそこには見あたりません。

 

中秋(10月)に入ると、味覚の秋にふさわしく、一年で最も種類の豊富な野菜を見ることが出来る。

 

サツマイモ(薩摩芋)もかなりの売り場を占めているのを見ますと、何かとても忌々しく感じてしまうのは、わたしの育ちのせいであるのかもしれません。誰もが、

『焼いても蒸(ふか)してもおいしいわね』

と言うあのサツマイモ。

 

しかし、

『サツマイモは親の敵(かたき)でござる』

芋に罪はないものを、しかしそういいたいのだ、わたしは。

 

親の仇とは親が無しえなかったことを子が恨みに思う事。ここでは、芋しか与えることが出来なかったこと。

 

 

■ 子供の頃のおやつといえば

子供の頃のおやつといえば、蒸かしたサツマイモでしたね。家に帰ってもガラーンとしえいて、祖母も母も見つからない。外で何かをしているのでしょう。そこで、何処に向かっても言うでなしに大声で、

 

『また芋か~。他に何ぞないのんか?~』

と聞くのが常でした。

 

すると、何処からともなく、天の声のように

『なんぞって、蒸かし芋しかあらへん。嫌なら食うな』

空腹ではありますから、その問答無用の返事には、自分のことばが継げません。聞くわたしも、殆ど期待をしてはいません。芋を頬張るしかないのです。

 

『毎日、芋ばっかり。たまには饅頭でも食いたいな』

と言いながら、時には大きな放屁して、胸を詰まらせて芋を食らうということの情けなさ。

 

 

■ 芋を買う

『ああ、それはな、きれいな紫色して、粒々とした筋肉のようにあちこちに盛り上がっているような、がっしりとしたがいいやつ』

 

妻や子から「農産物販売所」で、どれがおいしいかと聞かれるとわたしは、決まってこう答えます。

 

 

■ 芋を食べる

焼き芋としてサツマイモを自宅で食べる時は、太さがが成人の男性の一般的な上腕位としましょう。電子レンジで、30秒ほど丸ごとを温めモードで行い、後はガスレンジで5分から10分くらいで焼きあがります。最初からガスレンジで焼くと時間がかかりますから。

 

しかし、あまりに、レンジでの時間を掛けますと、焼き芋として焼いてもふかし芋になってしまうので注意が必要。ふかし芋は、水分が多いので焼き芋よりは不味いが、手っ取り速く食べたい時はレンジでの時間を増やしてもいいでしょう。

 

 

■ わたしは食べない

そういう手順の焼き芋を用意しても、食べるのは妻や子で、わたしはさもおいしそうに頬張るのを、羨ましくもあり、また腹立たしいくも見ている。そういうわたしが、欲しそうにしていると思ったのか、娘が

 

『ちょっと分けてあげようか?』

と聞かれると、即座に

『いらんわい』

と答えてしまう。

 

 

 

幽霊の出たらしい岩山

       

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そのものズバリではありません

 

わたしが少年期を過ごした、山間の寒村には、一時期に幽霊がでるとの噂の立った小高い岩山が、今もあります。そこは村から西隣り町へと通ずる唯一つの道で、中間地点よりはやや隣り町に近くに位置していました。

 

本来なら岩の尾根が、この小高い岩山にまで続く筈のところを、ほぼ直角に折れる道の角に当たり、尾根の大半が切り取られ、切り通しとなっています。片方は屹立した岩壁、今一方は小高い岩山を残しています。

 

 

ここからの話は、わたしが小学生の頃のことであったと記憶しています。

 

■ 村人の証言

村人の一人が夜に隣町から自転車で帰る途中に「幽霊」を見たと村に吹聴して、

『あの回り角の、岩の上に白い身なりの女が立っていた。若い女だった。ぎょっとして、見ていると』

と言って、辺りを見回し深いため息とともに声を潜めて

『女はふっと消えた』

村人はなおも続けて、

『わしは、こわーて(怖くて)な。もう後のことはわからん。夢中で逃げてきた』

というものです。

 

『ほんまか~あ~?』

聞いた別の村人が、疑いの目で聞くと

『モリちゃんが真っ青な顔で言うとったさかい、間違いなかろ』

モリちゃんは、村の若手の働き者でまじめ男でした。

 

『だな。あいつが、言うんなら、ホンマか知れん』

 

という話を、わたしの父に話すのを、わたしも聞き耳を立てずに聞いておりました。

 

 

■ 若い女性が身を投げた

その幽霊がでた数日前に、その岩から飛び降り自殺をした、若い女性がいたという話が突然に話が狭い村中に広がりました。

後年、わたしがその小高い岩山を登って下をのぞくと、三十メートル以上はあろうかと思われる断崖で、広くも水量もない川が周囲が鬱蒼とした木々に覆われ、僅かに認められる程度でした。

 

確かに飛び降りたなら、生きてはいられまいと思える目眩(めまい)のする高さでした。

 

しかし、その後の話には、身を投げて亡くなった若い女性の遺体や身元の話は一向に伝わって来ず、誰かの幽霊の話の信憑性(しんぴょうせい)を高める為の創作ではないか、という声も上がりましたが、結局わたしの子供の頃の時代の話であり、判然としないまま立ち消えとなりました。

 

わたしは、人一倍の怖がりでした(今も)ので、女性のそれ以上の行方(ゆくえ)を知りたいとも思わず、誰にも聞かずじまいにして、成人して村を出ました。

 

 

■ 又聞き

女性の話は、父の耳に入るまで、聞き伝えの間に人が重なっているため、どこかで少し変節し、尾ひれがついたかもしれない。

 

一時は、村の同級生の間でも、盛んに話題に登ったが、大人が知っていること以上のものである筈もなく、ただ、夜には通らないに越したことはない、と申し合わせたものでした。その時誰かが真顔で言いました。

 

『女の人の怨念(おんねん)がそこに居(お)んねん』

などは、誰も笑わぬダジャレでしたね。

 

 

■ 岩屋に小さな祠

今、その時ことを振り返って見ますと、小高い岩山の窪地に小さな祠(ほこら)が当時からあったのを思い出します。おそらくは、白い装束の氏子が礼拝(らいはい)していたのを、村人が見間違えたのではあるまいか。

 

街灯の一つとしてない、田舎道で白い蛇のようにくねった未舗装の道路だけでも、何か恐怖心を掻き立てるもの。幽霊の話も、身投げた若い女性の話も年の暮れには、誰も語ることもなくなり、尻切れトンボのように終わりとなりました。

 

この幽霊の話も「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というところだったのかもしれません。

 

 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」とは恐怖心や疑いの気持ちがあると、何でもないものまで恐ろしいものに見えることのたとえ。尾花はススキのこと。

 

当時のわたしの寒村にはこうした話が、話題作りのためか枚挙の暇なかった。

 

 

■ 追記

11月最初の日曜日、所用があり、車で通りかかることがありました。4人のむつけき男性が、車を止めて何故か祝杯を挙げている様子。「君主う危うきに近寄らず」、そのまま通り過ぎてしまいました。

 

あのような伝説の場所で、これまで述べてきたような話は、知ってか知らずか酒を飲むのは、当時の一騒ぎは何だったのだろう。わたしほど程でもないが、そう離れた歳でもない男たちが、その話を知らぬはずもなかろうにと思いましたね。

 

なお、通りすがりの一瞬でしたが、確かに岩の少し重なった辺りに祠(ほこら)はあって、新しくはないが、酷く傷んでいる様子もありませんでしたので、今でもちゃんと手入れをする氏子がいることが伺えて、何故か安堵しました。